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《賢者の石対策本部:みんなで幸せになろうよ》

谷地田ヴァルゥと、梧香月さん、日和小春さんの合作世界です。 原作で不遇なヤツ、不憫なヤツ、”双子の月が廻る世界”でみんな幸せになろう。

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『奈落の花』EPISODE2     (香月)

カシス、トラウマ克服第二弾。
暗い、赤い、救いが見えない。三重苦。

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 下生えを踏むと懐かしい匂いがした。
 ――懐かしい?
 そんな感情を覚えたことに、一瞬、嫌悪感が湧く。懐かしい、とは昔という時間への好意を持って紡がれる言葉だ。そんなもの、この場所に浮かぶはずがないのに。
「……ジェイド、アンバー」
 わふ。
 くぇっ。
 跨った合成獣の名を呼ぶと、彼はいつものように鳴き声をあげて獣道を走り出した。がさがさと、狭い道に突き出した草木が衣服に当たる。頭上を供するアンバーが、強靭な翼でそれらを払ってくれる。
 昔はこんなに茂っていなかったのに。人の通らなくなった道、というのはこんなにも早く廃れてしまうのか。
 忌々しいはずなのに、目印のない森の道順だけはしっかりと覚えていて、……それが、やっぱり忌々しい。
 がさりっ…!
 アンバーが一際大きな音を立てて、枝を払う。
「……」
 ジェイドの背中を叩いてやると、素直に彼は足を止めた。草は茂っているが、まだ他の場所より開けた場所。森の中にぽつんと開いたその場所に、その朽ちかけた小屋は、5年前と変わらず鎮座していた。

 ずきっ……!

「――っ!」
 頭に激痛が走った。同時に浮かんでくる幻聴を、無理矢理押さえ込む。
 くえ?
 肩に下りたアンバーが、頭をこめかみに寄せてくる。うっすらと汗を掻いていた。その感触に我に返る。
 一気に冷や汗を掻いていた。心なしか息切れまでしている。くそ、忌々しい。
 頭を振って拳を握る。ジェイドの背から下りて、カシスはもう一度、小屋を――かつての家であったベルサウスの小屋を見上げた。


 ルーアンシェイルの刺客が暴れたまま、その足で出て行ってしまったはずなのに、案外、中は片付いていた。死体がそのまま転がっているわけでもない。あのときに居合わせたあの皇太子、現皇帝がきっと余計なお節介をしていったんだろう。
 ただ爪痕までは消えていなかった。狭いダイニングテーブルにかけられていたテーブルクロスは、裂けたままで埃を被っていて、申し訳程度に敷かれたぺしゃんこの絨毯には誰のとも知れない乾いた血痕がまだ残っている。
 窓の外に下げられたプランターに生けられていたはずの薬草が、見るも無残に枯れてしまっている。子供の頃は、あれに水をやるのが起きて一番初めの仕事だった。
 ぎりぎりと、誰かに心臓を握り潰されているような気分だった。何でこんな気分になるんだ。ここは、もう俺と何も関係ない場所のはずだろう。
 壊れてぎいぎいと音を立てる椅子を引く。
 一際大きな血痕が、テーブルの下に広がっていた。拭われてはいたが、完全には消えていなかった。
 ここ、だった。

 あの日。
 5年前の、あの日。
 その頃には、いつのまにか、ベルサウス老のところに持ち込まれる仕事の6割をカシスが請け負うようになっていた。ベルサウスの手足がだんだんと自由が効かなくなっていたからだ。
 カシス自身もそれには気づいていて、研究や仕事に使う自生の薬草や薬になる植物、鉱物の採集はすべてカシスの仕事だった。
 ジェイドの背にくくりつけた袋が大分重たくなってから、その日も小屋に帰った。雨が降りそうな天候で、急いで山を下りた。遠くで雷が鳴っていた。
 草木をかきわけて、その先に、月精霊の紋章が描かれた黒い馬車を目に留めるまでは。
「――っ!」
 血の気が引いた。世界が反転した。何で、どうして、何故今さらっ!
 何も考えずにドアを開けた。今にして考えると、なんて無用心な真似をしたんだろうか。あの馬車は、カシスにとって死神の乗り物だったのに。
 けれど、その中で見た光景は、さらにカシスの心臓を握りつぶした。
 どさり、と落ちた薬の袋の音だけを、何故か鮮明に覚えている。一斉に振り向いた、無機質なローブ姿の男たち。手にはそれぞれ、ルーアンシェイルの月紋が描かれた得物。先頭に立った男の刃物だけが、何故か、べっとりと、赤い血で、濡れていて。
「……あ、う、……っ!」
 男たちが立っていたテーブルの下。今朝、祖父と一緒に朝食を取ったばかりの、どこどこに行けば珍しい鉱石が取れそうだ、どこどこに行けば今日は何が咲いてそうだと他愛もない会話をした、その、下で。
 ――っ!!
 窓の外で雷鳴が轟いて、薄暗い中に、その光景を照らし出した。
 違う。
 違う違う違う違う違うッ!!
 あのケープは、あの緑色のケープは祖父のものじゃない、ほとんどが白髪になった黒髪も祖父のものじゃない、すっかり痩せた小柄な体も祖父のものじゃない、海になった赤黒い血溜まりなんか祖父のものじゃないッ!!!
「あ、ああ、あ……」
「……『――』だな」
 ローブ姿が何かを言った。何と言われたのか覚えていない。どうせ名前でも何でもない。いつかどこかで付けられた、耳に入れたくもない蔑称だった。
 一番ドアに近かったローブ姿が、杖を振り上げた。こいつは些か、心あるヤツだったらしい。
「……第二殿下、お許しください」
 ――否、どうせ殺そうとしているのだ。心のあるないも何もない。
「このじじぃも災難だったな。お前が居なければ、こうなることもなかったのに」
「――っ!」
 けれど、そのときは振りかざされる杖などどうでも良くて。
 気がついたら、身体が勝手に呪を紡ぎ出していた。

 どんッ!!

「ッ!?」
 最初の男が鮮血を撒き散らして壁に激突した。何を唱えたのか覚えていない。ただ、目の前の男たちを殺せる呪文なら何でも良かった。
 男はずるずると壁を伝って床に落ちて、そのままころん、と横たわった。
「貴様あッ!!」
 男たちが、揃って得物を抜いた。


 それからどれくらい経って決着がついたのだったか。
 気がつけば、ダイニングの床は赤い海に溺れていた。その中に、数個の肉塊が、ころんころんと転がっている。目の前が、視界が赤い。額が切れているのか、目にまで赤い雫が垂れてきたらしい。
 左腕の感触がない。ああ、さっき斬られたんだっけ……、魔道技師の命なのに、腕のない魔道技師など誰も欲しがらない。
 それでも赤い視界の中で、緑色のケープを探す。それはまだテーブルの下にあって、失血で立ちあがることもできない体を、這いずるように引き摺って残った手を伸ばす。
 ケープが一瞬、ぴくり、と揺れてふと手を止めた。
 まだ生きている?
 まだ……間に合うっ?
 なら、居場所がなくなることもない。片腕を失くしても、ここにいる意味がある。この小屋はいつだってカシスの唯一の居場所だった。寂れた、薬品の匂いのするちっぽけな小屋だけが、いつも彼を受け入れてくれた。
 最後の力を振り絞って体を起こす。
 白髪混じりの黒髪が、ひくりと動いて顔を上げた。振り乱された髪で表情は見えないが、皺の寄った口元だけが見えた。震えながら、それが、上下した。
 ――……え?
 乾いた皺だらけのくちびるが、数個の言葉を紡いで、がくん、と落ちる。そのまま、血溜まりの中で数回、びくん、びくんと痙攣して、動かなくなった。
 カシスは呆然として、体を起こしかけた状態のまま、赤い海の中で硬直していた。
 祖父の、いや、老人のくちびるの動きを反芻する。
 『お』、『ま』、『え』、『が』、『い』……?
 そこまでしかわからなかった。読めなかった。続く言葉がわからない。急に恐怖に駆られて、ただでさえ朦朧としていた思考を止めたくなった。
 『お前が――』
 あれ…。
 あれ、あれ……。
 今さっき、つい、さっきだ。同じような言葉を、どこかで、聞いたことがなかったっけ――。
 さっきだけじゃない。遠い昔に、たくさん、飽きるほど、聞いたことが、なかった、っけ――。
 あれ、あれ、あれ、何だったっけ、あの言葉は、何だったっけ――?

『お前が、居なければ、良かったのに』

 ――ッ!!!
 ……幻聴が、聞こえた。
 ぐにゃりと、目の前が赤く歪む。眩暈がした。
 がっくりと、全身から力が抜けた。血の海に横たわりながら、あの絶望が、蘇ってくるのを感じた。
「はっ……ははは、ははははははっ!」
 乾いた自分の笑いが耳を突く。ああ、結局はそうだったのか。結局、自分はどこにもいてはいけなかった。あのルーアンシェイルの檻の中にずっと居ればよかった。そうしたら、こんなことにもならなかった。こんな思いも、こんな痛みも味わわなくて済んだのにッ!
 もうどうでも良かった。
 そう思って目を閉じた。意識が霞む寸前で、ばたん、とドアが開く音がした。
「これは……ッ!」
 愕然とした声が届く。少し高めのアルトで、少年のものだった。
「一体……、ベルサウス老ッ! アリッシュ、早く……ッ!」
 酷く焦ったその声が、最後の記憶だった。


「……」
 いつのまにか、自分があのときに倒れた場所に座り込んでいた。
 あの後、目が覚めると意識を失う直前に聞こえた声の持ち主の少年に介抱されていて、包帯だらけという見るだに痛々しい格好をした少年はエイロネイアの皇太子だと名乗った。そして、自分を宮廷魔道師として据えると言い出した。
 それから何かを言いかけたが、カシスの思考は別のところに飛んでいて、よく覚えていない。いや、聞こうとしなかったのかもしれない。
 行き場のなかったカシスはそのまま、その言葉に頷いて宮仕えの身となった。
 所詮は祖父もただの人間に過ぎなかった。最期の最期で、裏切られた心地がした。……当然か。誰だって、そう思うさ。カシスがここに来なければ、老人がああなることもなかったのだから。

『違うさ。あれは甘い顔をして、お前を懐かせていただけだ』

『所詮は利用されていただけだ。所詮、人間なんてそんなものだ』

『誰も他人のために自分を売ったりしないんだ。だって、そうだったろう? 所詮、誰も彼も自分のためにしか生きていない』

『だったら同じように生きればいいじゃないか。誰も責める権利などないさ。誰でも、同じように生きているんだからな』

 あの瞬間から、脳裏で囁くようになった誰かの声が、また頭に響く。この声は一体、誰のものだったんだろう。ひどく、自分に似ている気がした。聞くたびに、ほっとすると同時にひどく胸が締め付けられた。
 安堵と恐怖。共存しないはずの二つの感情が呼び起こされる。
 寒気がした。
 ――誰も、他人のために、自分を売ったりしない……
 囁かれた言葉に、反射的に赤い装束の少女が目に浮かぶ。いや、もう少女なんて歳ではないが、少なくとも2年前はそう言っても差し支えなかった。
 会って間もない彼女は、自分の銃の銃口をこめかみに当てて、高らかに、カシスに向かって宣言した。
 友人を助けてくれたら、自分の半生を好きにすればいい。ただし、失敗したらこのまま引鉄を引く。あんたの欲しいものは一生、手に入らない。
 ――……。
 とんだ大馬鹿者だと思った。同時に、本当に人間かと疑った。他人のために、そこまで身を放り投げるヤツがいるのか?
 どうせ土壇場になって騒ぎ出すのだろうと思っていたのに、彼女は素直にカシスの元に来た。シュアラの御大がなかなか首を縦に振らない。苦労した。とぶうぶう言いながら。
 生まれ故郷も、今までの地位も投げ出して、だ。それも、それほど大したもんじゃないから、と銃口をこめかみに当てていた悲壮感すえ忘れそうな、からっとした笑顔で。
 がりっ……。
 こめかみを掻き毟る。
 窓の外で、ごろごろと雷の音がしている。雨が近いのだろうか。あの日みたいだ。
 頭痛がする。ひどく気分が悪い。何故、彼女はあんなにあっさりとカシスを許容できたのか。彼女は本当に人間か? それとも、俺の人間の認識が間違っているとでも言うのか?
 がんがんと痛む頭を持ち上げて、顔を上げる。
 窓の外からざあああ、と雨の音がして、雷が鳴った。薄暗い小屋の中を、一瞬の稲光が照らした。

 ――ッ!?

 幻覚が見えた。
 周りは血の海で、目の前に薄汚れたケープが見える。小さく蠢いて、その塊は、顔を上げた。
 ――やめ、ろ……ッ!
 二度と見たくない光景だった。聞きたくない。これ以上、何を見せたいんだ。もう十分だろうっ!
 何を――


 もう一度、雷鳴が響いた。


 目の前が真っ白になる。その中に、しわがれたくちびるが音を紡ぐ光景が焼きついた。
 見るな、と叫ぶ声と、ちゃんと見ろ、という声とが頭の中で交錯した。
 ――そんなもの、どうせ、『俺がいなければ――』
 違う。
 また別の声がした。
 ……違う。
 本当は聞いていた。本当は、聞こえていた。ずっと必死に否定し続けていただけで、本当は、聞こえていたんじゃないか……?
 あの日に死の際で老人が口にした言葉の続き、本当は、ちゃんと耳に届いていたんじゃないのか――?
 ……聞いている。確かに、聞こえている。
 彼が自分のせいで死んだのだと肯定するのが恐ろしくて、生きている理由が無くなるのが恐ろしくて。掻き消してしまっただけで……。
 聞いている。
 確かに、耳に残っている。

『お前が――』

「――ッ!」


 唐突に小屋のドアを壊さんばかりに出て来た主に、草を食んでいたジェイドはびくぅっ、と面を上げた。軒下に止まっていたアンバーがばさり、と下りてくる。
 カシスは有無を言わさずジェイドに跨ると、背中を叩いた。アンバーは肩に降り立って翼を広げた。カシスに雨粒が当たるのを防ぐためだった。
 急な雨が降り注ぐ中、泥に塗れた獣道をただ走り抜けた。







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