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《賢者の石対策本部:みんなで幸せになろうよ》

谷地田ヴァルゥと、梧香月さん、日和小春さんの合作世界です。 原作で不遇なヤツ、不憫なヤツ、”双子の月が廻る世界”でみんな幸せになろう。

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『暁の車』 後編    香月

暁の車後編。
いや、前後でわけるほどの中身があるわけじゃないと思うのだけど…。

とりあえず、ちびはかわいいよ。便利だよ(おい)。

==========================
 
 あまり塩気のないシチューを食べて、キジローは借りた2階の床へ転がった。すすけた床がキジロの体重にみしり、と軋む。朝起きたら底が抜けたりしていないだろうか。
 横たわるとほぼ同時に、ぽつ、ぽつ、とした音がひびの入った窓から聞こえてくる。キジローはふう、と息を吐いた。厄介になっておいて良かった。野宿で雨など最悪だ。
 そう思った途端、瞼が落ち始めた。思っていた以上に身体が疲れているのか、それとも老人の薬がいらない力を抜いてくれたのか。手持ちのアルコールに手をつけることもなく、眠りに落ちようとした、そのときだ。
 かたん。
「……?」
 真上から小さな音がした。上は狭いながら屋根裏になっているはずだ。薄い壁と天井だから、防音でもしていない限り、小さな音でも聞こえてくる。
 軽い足音がきいきいと階段を下りて、小走りにぱたん、と木戸を閉じる。あれは外に出る木戸の音じゃないか? こんな時間にか?
 キジローは立ち上がって、窓の外の闇に目を凝らす。振り出した雨の中を、薄い毛布をカッパ代わりにして、小さな背中が駆けていく。屋根の下にいたはずの、翡翠色の生き物もその背中を追って雨の中を歩き出した。
「……やれやれ」
 キジローは溜め息を吐いて、脱いだジャケットを被り直した。


  少しかび臭い匂いと、乾かされて匂いの強まった、薬草の青くて枯れた匂いが鼻につく。母屋から離れた薬の保管小屋に転がり込んで、少年は頭から被っていた毛布を放り出した。濡れた髪や服には構わずに、備え付けの暖炉に向かう。薪をくべて火をつける。それから狭い小屋を一回りして、複数個のランプに灯りを点す。ぼんやりとした火の光に、壁際や天井につるされたからからの薬草の束や、わらのように積み上げられた草の根と、乾燥させた葉茎、少年の背丈よりも高い棚の中には、大小の瓶に収められた大量の調合薬が照らし出される。少年はほ、と息を吐いた。
「くぅん」
 狭い戸口に大きな身体を押し付けて、獣が入ってくる。少年は木戸を支えて、彼を小屋の中に入れた。
 身を震わせて身体についた雫をばら撒こうとする彼の前足を蹴って、小屋の中にあった乾いた毛布を大きな身体に被せる。暖炉の側に寄って座り込むと、獣がいつものようにすり寄ってきた。そのときだ。
 ぎい、と木の戸口が開いた。獣がびくり、として少年の影に隠れるようにして尻尾を丸める。少年の方は終始、無感動な目で木戸の方を見た。
「へえ、すごいな。こんなところがあったのか」
 背を縮めて入ってきたキジローを、少年は数秒の間、じっと眺めていた。だが、キジローが頭から被っていたジャケットを脱いだときに初めて立ち上がる。
 雫の滴るジャケットを掴んで、キジローが置こうとしていた場所から離れた場所へ放り投げた。少し急いで木戸を閉じる。キジローの足元にあったプランターに、備え付けのランプを点す。プランターの中には、若葉を生やした、20cmほどの草葉が柔らかな光に照らされていた。
「……湿気があるとまずいのか?」
 こっくりと頷く。
「そうか。疎くてすまんな」
 思わず頭を撫でようとして、慌てて手を止める。少年は無表情な目でキジローを見上げて、眉間に皺を寄せた。
「何でついて来たか、ってことか?」
 こくり。
「こんな夜に出歩く子供はなかなかいないからな。少し気になったんだよ。
 ここはいろいろなものの保管庫なんだな」
 こくり。
「雨の日は火を焚かないといけないのか?」
 こくり。
 キジローの問いに、少年は淡々と頷いた。もう質問がないと判断すると、少年はてくてくと微妙におかしな歩き方で暖炉の前にいくと、獣にかかっていた毛布を自分にもかける。
「わふ」
 意図を察したように、獣はその場に座った。少年も暖炉の前に陣取って、燃え盛る火の中に新しい薪をくべる。獣は濡れた少年の身体を包むようして尻尾と身を丸めた。
 キジローはふっ、と息を吐いて、少年の隣に腰掛けた。少年はキジローを、まるで地面に転がる石か何かのように気にも留めようとない。
 エイロネイアの森林には、エルフ族という森と共に生きる美しい種族がいるらしい。実際に見たことはあにが、こんな感じなのかもしれない。
 少年は淡々と火に薪をくべている。キジローはここに来てから一度も少年の声を聞いていなかった。喋る気がないのか、それとも、喋られないのか。
「こいつは本当に坊主に懐いているんだな。名前はなんていうんだ?」
「……」
 少年は無言で目を細める。沈黙が続いて、何となく気まずい空気が流れた。キジローが次の言葉を捜し始めたとき、少年が不意に、積み上げた薪の中から一番細い枝を取った。暖炉の前の床には、薄っすらと灰が積もっている。その床に、少年が何かを書いた。
「……すまん、読めん」
「……」
 少年は不快感を覚えたのか、それともまたそう見えただけか、極小さく眉を潜めた。その下に、もう一度文字を走らせようとして、
「あ、すまん。エイロネイアの言語もそれほどな。耳に入るのはまだわかるんだが、読むのは……参ったな」
 もっと辞書を熟読しておくべきだった。少年はやはり無表情でキジローを見上げると、視線を逸らしてまた何かを考える。ふと思いついたように、字を書き始める。
「!」
 キジローは目を剥いた。ややたどたどしい字ながら、灰の上には、シュアラの仮名で"じぇいど"と書かれていた。
「坊主……お前、紗羅語もできるのか?」
 少年は首を振る。要領を覚えたのか、今度は"はなせない"と書いた。
 ――何語にしても、まだ何かを話したところを見ていないんだが……
「ジェイド、っていうのか。どんな意味なんだ?」
「……」
 少年は"じぇいど"と書かれた文字の隣に"="を書いた。そのさらに脇に"翡翠石"と漢字で書いた。キジローはさらに驚いて手を叩いた。
「すごいな。シュアラの子供でもこんな漢字なんて書けないぞ? どうやって勉強したんだ?」
 少年は思い切り目を細めた。意味が伝わらないらしい。しばらくしてから灰の上に"覚えた"と書いた。
「そうか。その歳でこんな場所を管理してるんだもんな。偉いな」
 誉められても、少年はまったく喜ぶ様子もなく、ジェイドの毛並みに寄りかかってくつろいでいる。ジェイドはかけ毛布のように尻尾で彼の小さな身体をくるんだ。
「カシス、って言ったか? いい名前だな。じいちゃんがつけてくれたのか?」
「……」
 ぎゅ、と少年の眉間に皺が寄る。ジェイドが心配そうに「わふ」と鳴いた。キジローは沈んだ空気に口を噤んだ。次の一言を口にするより先に、カシスが細い枝を握る。
 "血"と書いて、大きく×でかき消した。
「……すまん、悪かった」
 カシスは灰をかき乱して、ジェイドの毛並みの中に顔を埋める。ほとんど表情は変わらなかったが、ほんの少しだけ、寂しそうにも見えた。
「……じいちゃんと2人で寂しくないか?」
 カシスが答えるよりも先に、「わふ」とジェイドが鳴いた。キジローは苦笑いをして、獣の頭を撫でる。
「すまんすまん、お前がいたな」
「あおん!」
 ジェイドは自慢げに声高く鳴いて見せた。それがうるさかったのか、ぺしり、とカシスが首元を叩くと、「あおん…」と寂しげな声をあげた。
 それを眺めながらキジローは考える。一番、簡単なコミュニケーションを取る術がない彼は、祖父やジェイド以外の人間との交流はあるんだろうか。お世辞にも人馴れしているようには見えない。友達は? ジェイド以外にはいないのだろうか。そもそもこの子は、どうしてこんな山奥に隠れるようにして住んでいるのだろうか。
「お前、町とかに友達はいるのか?」
 ふるふると首を振る。
「行きたいとは思わないのか?」
 ふるふる。
 無表情のまま首を振る。人形がプログラムされた通りに動作するかのように。温室のロボットたちの方が、まだ表情が見えるかもしれない。
 カシスはちらり、とキジローを見てからもう一度、灰の上に枝を滑らせる。
 "行けない"。
「……」
 キジローはつい、問いたくなる口を抑えた。これ以上は彼を傷つけるだけかもしれない。表情も見せない、言葉も口にしない彼に対しては、どんな言葉が温床になるか判断できないのだから。
「カシスはずっとここにいるのか?」
 こくり、と頷く。キジローは次の台詞を言うよりも先に、灰の上に"仕事"と書いた。
「……そうか。偉いな。でもちゃんと身体くらい拭いて置けよ? 風邪なんて引いたら、仕事もできなくなるぞ?」
 それ以上、触れるのは憚れて、キジローは早々に立ち上がった。キジローが隣から立ち上がった瞬間に、カシスの雰囲気にほっと安堵が混じる。ほとんど無関心なのに、本当に他人に寄られることが苦手らしい。
 頭も撫でることも、抱きあげてやることも出来ない。言葉は届いているのかわからない。あの老人はどうやって、彼を懐かせたんだろうか。
 「俺もまだまだだな」と呟いて、キジローはポケットの中から小さな水筒を取り出して、少年の脇に差し出す。
「ほら、差し入れだ。あったかいぞ」
「……」
 かなり長く考えてから、カシスは小さな手で水筒を受け取った。もそもそと被った毛布の中に水筒を入れて、懐炉代わりに使い始める。
 とりあえず、特に嫌われているというわけではなさそうだ。
「じゃあな。仕事、しっかりな。お疲れ様」
 これ以上、いても余計に彼の神経を使わせるだけだろう。まだ濡れているジャケットを肩にかけて、まだ雨の降る外に駆け出した。
 耳にうるさいほどの雨の中、一度だけ振り返る。遠目に一晩中、煌々と灯りのつく小さな小屋が、静かに建っていた。


 町に戻り、荷物を預けていた宿屋の木戸を潜って、キジローは眉を潜めた。
 店内が嫌に静まり返り、ぴん、と緊張感が張り詰めている。数日前に笑顔で迎えてくれた女将も、強張った顔で忙しく働いていた。客と従業員の視線が、ちらちらと食堂になっている奥のテーブルへ向かっている。キジローは少し、背を伸ばして一番奥のテーブルを見た。
 重そうな鉄甲冑を着込んだ兵士が一人、ワインの入ったジョッキを傾けていた。胸には紋章が刻まれているが、それは明らかにこのエイロネイアの鴉紋ではない。満月を囲むようにして美しい2人の女神が寝そべっている。あれは……確か、エイロネイアの外のルーアンシェイルとかいう国の紋章だ。
 泥酔とはいかないが、ほろ酔いは既に出ているらしく、赤ら顔で管を巻いている。
「どうしたんだ?」
「ええ……あの、ルーアンシェイルの兵士の方々がお泊りになっていて……。何でも人を探しているとかで、特別に入国許可が下りたそうなんです……。でも、」
 食堂のウェイトレスをやっていた少女が、眉を八の字に曲げて、トレイ越しに恐る恐る兵士を見ていた。
 ―― まあ、一般人から見たら、軍人なんて怖いものだよな……。
 キジローはちらりと兵士を見て、肩を竦めて二階へ上がろうとした。そのときだ。
「おい、おっさん」
 柄の悪い声で兵士が呼びかけてきた。貧乏くじを引いたか。
「んだぁ? 今、ガン飛ばしたろ、てめぇ。ちょっとこっちに来いよ」
 言いがかりもいいところだ。だが、酔っ払いに打つ手がないことはキジローもよく知っていた。凍った雰囲気の中で、兵士と同じ席に付く。
「ふーん、いいガタイじゃねぇか。まあ、飲めや」
 酔っ払っていても、さすがに公務士だ。暴力沙汰になるかと思ったが、赤ら顔でずい、とワインの瓶を差し出してきた。
 ――バーボンなら良かったんだがな。
 仕方なく、残り少なかったワインを一気に煽る。兵士もそれで上機嫌になったらしい。
「いい飲みっぷりじゃねぇか。おい、次の瓶持って来い」
「いいのか? 勤務中なんだろ?」
「いいんだよ。ったく、こんなイナカに来てまで、たった一匹のガキを探せ、ってんだぜ? 馬鹿らしいにもほどがあるだろ?」
「ガキ?」
 男は運ばれてきたワイン瓶を豪快に傾けて、ジョッキになみなみと注いだ。キジローの問い返しにふん、を急に不機嫌に鼻を鳴らし、足元で手をひらひらとさせながら、
「国の外の、しかもこんなイナカで、こーんなガキを探せだとよ。馬鹿らしい仕事だと思わねぇか?」
「子供って、何でそんなことをしなくちゃいけないんだ?」
 男の顔が少し冷えた。苦虫を噛み潰したような顔でジョッキを置き、キジローに耳を貸すようジェスチャーする。キジローが言うとおりにすると、酒臭い息を吐き出しながら低い声で言った。
「うちの王様の隠し子なんだってよ。外部にバレるとヤバいらしいぜ」
 何だか嫌な匂いがしてきた。
「おいおい、そんなこと喋っていいのか?」
「いーんだよ。俺はもう、愛想が尽きたね。あんな国たぁ、もうオサラバさ」
 注いだワインが急に自棄酒に見えてきた。なんとなく、哀愁が漂った雰囲気にキジローは思わず注いでやってしまう。
「不義の子ってワケじゃねぇらしいけどな。現皇太子の双子の片方なんだってよ」
 キジローは旅先で聞いた情報を穿り返す。ルーアンシェイルの皇太子は、クリスマスに生まれたことから聖なる子、神の落とし子、などと呼ばれているらしいが双子だとは聞いたことがない。
 それを小声で言うと、兵士はぽん、と膝を叩いた。
「それなんだよ。俺ぁ、イナカもんだから、あそこの信仰のことなんざ、ちっともわからねぇんだがよ。何か宗教の関係でまずーいことがあったらしいぜ。ま、単なる城内の噂だけどな」
「その息子を探せ、と言われたのか?」
「もちろん、ンなこたぁ直接、言われないけどな。ある重要事件の重要参考人なんだとよ」
「けど、国王の息子なんだろう? 何でこんなところ探してるんだ?」
「それが一番ヤバいらしいんだな。俺の従姉が前に城で乳母をやってて、たまたま聞いたんだけどよ。でかい声で言うなよ」
 兵士はもう一度、ジョッキを煽ってからさらに声を潜ませた。キジローも合わせて身をかがめる。
「この皇太子の兄弟さん、相当ヤバかったらしい。生まれてすぐにどっかに閉じ込められたらしいぜ。
 本当は赤ん坊のうちに殺しちまおう、って話だったそうだ。えげつねぇだろう?」
「……」
「ま、却ってその方がよかったのかもしれねぇな。身内ん中じゃ、酷いもんだったらしいぜ? 今の皇后様は特にロコツに毛嫌いしてた、ってよ。自分で産んどいてだぜ? 悪魔の子だの、鬼だの、呪いだのなんだの。
 やれ飼ってた猫が流産すれば悪魔のせいだーとか、集団の前で恥を掻けばあの悪魔が私の身体にしこりを作ったのだーとか、終いにはフォークが転んでも子供のせいにする。
 一番酷いのは愛人がいるのがバレたときだな。何て言ったと思う? 『これは鬼が私の身体に宿ったせいだ。あの鬼が私に取り憑いて、不義を行わせた。ただちに殺してしまえ』だとよ。人間の台詞じゃねぇよな」
「……酷いな」
「酷いと思うだろ? けど、元老院の野郎どもはそれ以上だったそうだぜ?
 毎日、毎日、誰かしがが息子を閉じ込めてる牢屋に入っていくんだってよ。『悪魔と祈祷して、力を抑えるためだ』とか何とか言ってたらしいが、要するに無抵抗の子供に暴行だわな。金持ちのじじぃ、ってのは何でも手に入れるようになると妙なシュミに目覚めるらしい。好き勝手し放題だ。でも、誰も逆らえない。逆らう気もない」
「……それで、その王子様は逃げ出したのか?」
「いや。生まれたときからその環境だろ? 従姉の姉貴は遠目にちらっと見たらしいが、人に会ってねぇからまともに喋ったりできるはずねぇし、最悪、自分に起こってることも理解できてねぇんじゃねぇか、って言ってたぜ。
 逃げ出したのは、元老院がとうとうシメようと手を出したからだと。隙を見て逃げられたらしいな」
「……」
「それを連れ戻せ、だぜ? 元老院のやってたことが他国にバレたりした日にゃあ、大問題だから今のうちに殺しとけだと。 無茶苦茶にも程があるぜ。
 俺ぁ、あの国にはほとほと愛想が尽きたね。何が月の神様だ。あの国は石の像しか有り難がってないのよ」
 兵士は狂ったようにワインをがぶがぶと飲み干した。キジローは胃から上がってくる気持ちの悪い感覚に、口元まで持っていった血の色のワインをテーブルに置いた。
「だが、その逃げた子供を捜せだなんて無茶じゃあないか? お前たちはその子の顔も知らないんだろう?」
「顔は知らねぇが、見ればわかるんだとよ。すっぱりと」
「何でだ?」
 だん、と兵士が飲み干したジョッキをテーブルの上に置く。眉間に皺を寄せ、座った目で舌を打ちながら言う。

「目がな。真っ赤なんだと。それから全身、色が抜けたみたいに真っ白なんだとよ」


「そうですか、町で……」
 町中から兵士が消えたタイミングを見計らって、キジローは再び老人の許を訪ねた。件の少年は、家先の屋根の下で淡々と薬草の整理をしていた。
 老人は少年が出していった茶を口に含みながら、渋い顔で言う。
「申し訳ありません。本当は聞かなかったことにして、ここを去るべきだったのかもしれんが……」
「……いや、いきずりの方が慮ってくださるとは思わなかった。礼を言います」
「……ベルサウス老」
 キジローは神妙な顔で身を乗り出した。
「私はこの大陸の外部に住んでいました。そこはこの大陸から見れば未開の地で、特別な種族たちに守られています。とても良い地で、流れ者だった俺を快く受け入れてくれた土地です」
「……」
 老人はキジローの言わんとすることを悟ったらしい。深く、深く溜め息を吐く。
「……わかっております。いくら深い森の中といえど、隠し通せるようなものではない。それにこう他人と顔を合わせることもない環境では、あの子のためにもならない。
 ここに来たときに、もうあの子は何も喋らなくなっていました。来たときは正常である器官の方が少ないほど、酷い有様でしたが、もう治療も済み、喉や肺、耳にも異常はないはずです。
 ……ですが、あの子は一向に声を出せません。普通の子供は"声"と"文字"の両方から言葉を学びます。ですが、隔絶された環境で育ったあの子は"声"ではなく、"文字"としての知識と言葉しか知らないのです。あの子に必要なのは、己を受け入れてくれる環境と、学ぶことのできる"声"なのでしょう」
「なら……」
「ですが……これは年老いた老人の愚かな我侭です。あの子は、私が育ててやりたいのです」
 掠れた声で、拳を握りながら言う老人に、キジローはしばし押し黙った。
「……では、ベルサウス老。あなたもご一緒に……」
 老人はゆるゆると首を振る。
「このような小屋ですが、ここには私を必要としている患者さまや、客さまがいらっしゃいます。私がここを離れるわけには参りません。
 ……愚かな老人の願いでございます。あの子の身を本当に考えるのであれば、キジローさんに従うのが正しいと。ましてや、あの子と私は血も繋がっておりません。
 ですが、私はあの子を本当の孫だと思っております。私のただのエゴにすぎませんが……あの子は、私の下で育ててやりたいのです」


 家を出ると、相変わらず少年は黙々とからからに乾いた薬草の束を、数種に仕分けしていく。ときどきはそのまま乳鉢で潰して瓶に詰めていく。傍らには寄り添うようにジェイドが転寝をしていた。
 キジローは少しだけ表情を緩めた。そこでふと気づく。
「……?」
 気がついて目を凝らす。薬草の束を手に持って、ひとつひとつ、指を差している。何をしているのか、キジローは歩み寄ろうとして、
「……っ、……ぃ、……」
 ―― !
 足を止めた。ひとつひとつ、指を差して、小さく唇を動かしている。ときどき解すように喉を弄くっていく。舌を出して指で押さえて、形にならない"声"を出している。地面に枝で書いたいくつかの言葉が並んでいて、眉間に皺を寄せている。
「……」
 ――子供にとって、幸せなんて一つじゃないよな。
「よう、カシス。元気に仕事してるか?」
 カシスは変わらずに、淡々とキジローを無視して薬草の整理を続ける。同じ動きで唇を上下させる。
 ふう、とキジローは優しく息を吐いて、彼の正面に回った。
「なあ、カシス。お前、祖父ちゃんのこと好きだって言ってたよな?」
 こくり。
「祖父ちゃんを手伝いたいから頑張ってるんだな?」
 こく。
「……そうか。元気でな」
「……」
 カシスは初めて薬草から顔を上げた。
「?」
「……ぁ…」
 小さく、唇が動いた。
「……じゃあな? "じゃあな"、って言ったのか?」
 こくり、と少年は頷いた。キジローの顔に、自然と笑みが浮かんだ。
「ああ、じゃあな。また会えるといいな」
 家の中からこんこん、と杖の音が響く。カシスはすぐに立ち上がって、少しだけしっかりした足取りで木戸に向かう。目を覚ましたジェイドが、「あおん!」と鳴いて、すぐにその背を追いかける。
 キジローはもう一度、振り向きもしない背中に「頑張れよ」と声をかけてから、荷物を背負って歩き出した。

=========================
『暁の車』/FictionJunction featuring YUUKA

風さそう木陰に俯せて泣いてる
見も知らぬ私を私が見ていた
逝く人の調べを奏でるギターラ
来ぬ人の嘆きに星は落ちて

行かないで、どんなに叫んでも
オレンジの花びら静かに揺れるだけ
やわらかな額に残された
手のひらの記憶遙か
とこしえのさよならつま弾く

優しい手にすがる子供の心を
燃えさかる車輪は振り払い進む
逝く人の嘆きを奏でてギターラ
胸の糸激しく掻き鳴らして

哀しみに染まらない白さで
オレンジの花びら揺れてた夏の影に
やわらかな額を失くしても
赤く染めた砂遙か超えて行く
さよならのリズム

思い出を焼き尽くして進む大地に
懐かしく芽吹いて行くものがあるの

暁の車を身見送って
オレンジの花びら揺れてる今も何処か
いつか見た安らかな夜明けを
もう一度手にするまで
消さないで灯火
車輪は廻るよ



Casiss00
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*COMMENT-コメント-
▽うーん、かわいい……
おじいちゃんも、ジェイドも、ちびカシスも。いい家族だね。穏やかな空気の中で、ここではカシスは自分の知恵を必要とされて、愛する人々に役立つことができる。自分が愛されていると信じることができる。この時間がずっと続けばよかったのにね……。イドラで再会したとき、キジさんとカシスはどんな会話をしたんだろうね。
▽治りかけが肝心なのに
風邪も心の傷も治りかけが肝心。なのに、その治りかけに最愛のお祖父ちゃんがあんなことになって、なまじ感情を覚えてしまったカシスはあんなんになっているわけです。
キジさん…ルナちんと一緒にいたのに驚きつつ、居た堪れないだろうなあ…
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『嘆キノ森』
 正面左右背後
 出口1
『嘆キノ森-PSI-missing-』
     

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