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《賢者の石対策本部:みんなで幸せになろうよ》

谷地田ヴァルゥと、梧香月さん、日和小春さんの合作世界です。 原作で不遇なヤツ、不憫なヤツ、”双子の月が廻る世界”でみんな幸せになろう。

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『雷鳴の封印』             (ヴァル)

この話は時間軸として『森の中の星』より前に当たります。
前後しちゃいました……ま、いっか。

いろんなことが、矢継ぎ早に起こりますが……まあ、クライマックスも間近ということで、ご勘弁ください。




 qqq o qqq o qqq o qqq o qqq o qqq






 レンの病室を辞したエルザはため息をついた。
 もう少しいたかったが、意識を取り戻したレンが頑強にもう大丈夫だから、と言い張ったのだ。終いには、人についていられると落ち着いて休めない、とまで言う。そう言われては、ひとりにするしかない。
「素直じゃないなあ」
 エルザはまたため息をつく。詳しい事情は知らないが、レンのシュアラからの出奔には、恋人の死が絡んでいるらしい。素直になって、涙に溺れて、つらい現実を受け入れたくないのかもしれない。
 それほどまでに誰かを好きになるってどんな気持ちだろう。怖いようだが、あこがれる気持ちもある。誰かのために、何もかも捨てられる……そんな出会い。とりあえず、今の自分には捨てられないものばかりだ。

 サクラ姫に聞いた重い話も、くりかえし頭の中で響いていた。
 戦争は遠い国の話じゃない。幼い友人が身を持って体験した恐ろしい記憶。でも実感がない。カルミノにも戦争があった。でもそれは私が生まれる前のことだもの。お父様にもお母様にも戦争の話なんか聞いたことがない。内務大臣に退屈な歴史として教わった……ただそれだけ。ううん。小さい頃……お祖母さまに聞いたことがある。何だろう。霞のようにぼやけてはっきり思い出せないけれど……とてもとても恐ろしかったことだけ覚えている。どんな話だった? 確か……お祖母さまは大きな本を見せながら、静かに話してくださった……どんな本だったかしら。思い出せない。

 もう一度ため息をつきそうになったとき、ちりんと鈴の音が聞こえた。
 アルかしら? アルには聞きたいことがあった。あの炎の石のことをもっと聞きたい。
 エルザは組み木細工の書庫へ走った。

 書庫は無人だった。
 なんだ……とがっかりしてエルザが帰りかけた時、頭上からぴょこっと顔が現れた。
「こんにちは」
 エクルーが逆さまにふわふわ浮かんでいる。
「……こんにちは。あなたって、普通に地面を歩くことないの?」
「この方がラクなんだ。俺、考え事ってあんまり得意じゃないから」
 エルザは、台所妖精が昨夜の半分も生気がないことに気がついた。
「考え事に付き合ってあげてもいいわ。代わりに、今日のおやつも分けて。昨日は3コもらったのに、1コあなたにあげちゃったもの」
 エクルーの顔がぱっと輝いた。あら、この人は笑うと目の色が一段と明るくなるのね。
「うまかった?」
「ええ、おいしかった。最後の1コは夜食にしようと大事にとって置いたのに、腹ペコ妖精にあげちゃったでしょう。いまだに心残りなの」
 宙に漂う少年の顔が、別人のように明るくなったので、エルザはくすくす笑った。この人、本当に台所妖精なんだわ。
 
 エクルーはすたっと床に下りると、いそいそとバスケットから包みを出してティーテーブルに広げ始めた。
「今から昼飯なんだ。お相伴してよ。食べた? 昼飯」
「……ううん」
 忘れていた。あまりにも一度にいろんなことがあって。
「よくないよ。人間、ちゃんと食って眠らないとろくなこと考えなくなるぞ」
 眉をひそめたエクルーに、エルザはまたくすくす笑い出した。
「アルと同じことをいうのね。兄弟なんですって?」
「義理の、だけどね。アルも俺も親を失くして、同じ養父に面倒みてもらったんだ。そのうち、俺の母がこの養父と再婚したわけ」
「あなたのお母さまのご病気って……」
「俺を生んだとき、相当ムリしてね。命に関わると言われたのに……命がけで俺を生んでくれたんだ。俺が父さんの忘れ形見だから」
 ここにもひとつの愛の形。それほどに思える相手に自分も出会えるだろうか。エルザはため息をついた。
「あなたのお父様……きっと素晴らしい方だったのね」
「会ったことないけど、そうだったのかもね。さあ、食べよ」

 テーブルには下働きのまかないと思えない豪勢な昼ごはんがセットされていた。
 白いクロスに、銀器が二組。焼きたてパンに新鮮なバターとイチゴジャム。そらまめの冷製スープ。朝採りアスパラガスのガーリック・ソテー。春キャベツと塩漬けブタの煮込み。トマトのサラダには甘いみじん切りタマネギとケイパーのピクルスが散らしてある。テーブルワインは冷やした白。
「給仕がいないから、全部並べちゃうね」
「すごいわ、おいしそう……。どうして2人分あるの?」
 椅子を引いてもらって席につきながら、エルザが聞いた。
「今日は昼食のキャンセルが多かったんだ。それでまかないが大盤振る舞い。君はラッキーな先着一名様というわけ」
「うれしい。得しちゃったわね。今日、あなたに会えてよかった。」
 エルザは素直に喜んで食べ始めた。
「……おいしい! お野菜がみんな甘い! それに……すごくやさしい味付けだわ」
「旬のものばかりだもの。身体にもいいんだよ。今、一番、生き物が必要としている栄養がここに入っている」
 台所妖精のシンプルな料理哲学に、エルザはまたくすくす笑った。
「でも、やっぱり作った人が上手なのよ。こんなにおいしいまかない料理が食べられるなら、私も厨房に弟子入りしようかしら。どうして、同じ厨房で作ったはずなのに、こんなにおいしい料理をこれまで頂いたことないのかしら」
 エクルーは皿から顔を上げずにあっさり言った。
「そりゃあ、毒見が入るからだろうね」

 エルザはスプーンを下ろした。そうだ。熱々の料理などこれまで食べたことがない。野菜もパンもナイフで切れ込みをいれて、中身を検めてある。
 平和だと信じ込んでいた日常の中に潜んでいた影の部分。毒殺を企むほど、私たちを殺したい人間がこの世にいる……。そして、今日の昼食のキャンセルは、エイロネイアの政変を受けてのことなのだ。対応策を指揮するために、一時帰国する王侯貴族や軍人が大勢いた……。そして、サクラちゃんとソウガの体験。戦争なんて大人のものだと思っていた。2人とも私より幼いのに……。それに私も結婚したら、大人として王族としてこの国に責任を持たなくてはいけないのだ。軍備にも外交にも。これから、いったいどうなるんだろう……。エルザは急に味を感じなくなった。

「食べて。食べられる時にたべておかないと、肝心の時に動けなくなるよ」
 エクルーは優雅なしぐさでスープを食べている。この人のテーブル・マナーは王宮でも通用するわ。
「それも、アルの受け売りなの?」
「うん。実をいうとアルに言われて、君の分も用意したんだ。きっと食べてないだろうって心配してた。昨夜も眠れなかったみたいだし・・・」
「アルが……?」
「面倒見いいんだよ、あのオッサン」
「そんな、オッサンだなんて……まだお若いし、やさしい方じゃないの。あの方の奥さんになる女性は、きっと幸せね」
 エルザが頬を染めているのをみて、エクルーは真実を公表するのは延期した。
「まあ、退屈しないだろうね」
 エクルーは、フレイヤの台風とスオミの混乱を思い浮かべていたが、エルザの方は未明に見た光景を思い出していた。アルと自分の間に通うエネルギーの流れ。そのまばゆさ。
「そうね。きっと楽しいでしょうね」
 エルザはため息をついた。いろんな形の愛がある。自分はどんな人と結ばれるのだろう。

「ほら。また手が止まっているよ。食べて。消化のいいものばかり用意したんだから」
 またエルザが食卓から顔を上げた。エクルーはしまった、という顔をしている。
「あなたが……? まかないのおすそわけじゃなく、あなたが作ってくれたの……?これ、全部?」
 エクルーは目をそらして赤くなっている。
「農園の野菜をネコババしてね。大目にみてくれ」
 エルザは泣き笑いしたくなった。やさしい魔法使いの弟は、やっぱりやさしいのね。

 コーヒーと一緒に、フルーツとガトー・ショコラを頂きながら、エルザは罪悪感さえ覚えた。おいしい。一瞬、何もかも忘れて身体が震えるほどおいしかった。こうしている間にもエイロネイアの皇太子は伏せっていて、レンは気力だけでやっと立っているというのに。そして、あの白子の魔道技師……イシスさまの双子の弟だったなんて……何という運命の皮肉だろう。今までいったいどんな思いで……。なのに、私はこんなところでのんきにお菓子なんて食べて……。

 またエルザの手が止まっているので、エクルーが出来が悪かったかと心配しだした。
「どうかな? ここのガトー・ショコラはリキュールの使い方が違うんだよね。俺がいつも作るチョコ・ケーキは、くだいたビスケットを入れたザクザクした感じの生地なんだけど……」
「あら。それも食べてみたいわ」
 エルザが思わず言った。
「ホント?じゃ、また今度ね」
 子供のような顔でにぱっと笑う。この人、本当に自分の料理を人に食べさせるのが好きなんだわ。そして、それは何と幸せな特技だろう。私は、こんな風に人を幸せにできる力があるかしら。
「この食事は、実をいうと、おわびの気持ちも込めて作ったんだ」
 エクルーがコーヒーカップをかちゃりとソーサーに戻した。何でもない動作がどうしてこう、きれいなんだろう。指が細くて長いから?
「おわび?」
「昨日、君にきついこと言っちゃったから」
 エルザはきょとんとした。
「そうだったかしら……?」
「だって、君はそれでなくても重いものしょってるのに、よく考えろ、だなんて何様のつもりだよな。ごめん。あれからずっと気になって……」
 兄弟の魔法使いは女の子を甘やかす傾向にあるようね。確かに気になって眠れなかったけど、この人は間違ったことをいっていなかった。今朝、エイロネイアからの知らせを聞くまで、エクルーやアルの言葉が実感できなかった、私のほうが……何もわかっていなかったのだ。サクラちゃんの体験を聞いてあげたこともなかった。
「謝らないで。私こそ……謝るべきよね。あなたは真剣に石を探しているのに、私ったら軽はずみなことを……。あなたの考え事ってそれなの?」
「うん。それと……」
 台所妖精は前髪を指でがりがりすいて、初めてお行儀の悪いしぐさを見せた。
「……サクラ姫に振られちゃったんだ。あのおチビに完敗」
 エルザはあきれてしまった。
「あの2人の絆に勝てるわけないでしょう。あなた、サクラちゃんと出会ってたった2日じゃないの」
「そうなんだけど・・・あのコがすごく無防備に見えて……それで、言わずにいられなかったんだよ」
 うなだれた黒髪の少年を見ているうちに、エルザは出来の悪い弟を見ているような気持ちになってきた。あの艶のある少しウェーブのかかった髪をくしゃくしゃとなでてやりたい。

「終わったことをくよくよしても始まらないわ。ね、それより手伝ってくれない? 私、ここに探し物があって来たの」
「探し物?」
「あなたとアルが探しているのは、”賢者の石”なのよね?私、小さい頃、お祖母さまに見せていただいたことがあるの。その石の奇跡を描いた石版画を収めた古書。こんな大きな本だった」
 エルザが両手を広げる。
「この書庫にあるの?」
 エクルーの目が輝いた。
「この床の模様をはっきり覚えている。他の書庫や書斎は市松模様なのよ。ここだけがヘリンボーン。間違いないと思うわ」
「探そう」


 本探しは思ったより難航した。
 書庫は5層構造で、文字通り本に埋もれていたし、エルザはその本の外観を一切覚えていなかった。ただ、小さなエルザが抱えきれないほど大きな本だった、ということしか。
「うーむ。こりゃ、キリがないなあ」
「こんなに本があるとねえ。草原に落ちた針を探すようなものね」
「ふむ。仕方ない。ちょっとズルしようか」
 台所妖精は、ちっとも仕方なくなさそうな明るい顔で提案した。
「ズル?」
「本を見たことがあるのは、君だけだ。君の記憶の断片を増幅して、俺が見つける」
「増幅? どうやって?」
 エクルーはにっこり笑って右手を差し出した。
「まず手をつなぐ」
「……ええ。それから?」
 エクルーの手に自分の手を重ねて、エルザがたずねた。
「君は目を閉じて、本のことを思い浮かべる。俺は君の目になって本を見つける。いい? じゃ、目を閉じて」
 エルザは一瞬、ためらった。サクラ姫によく知らない男性の前で、言われるままに目を閉じるなんて危険じゃないの、とお説教したのは自分なのだ。
「どうしたの?」
 エクルーがにやにやしている。その挑戦的な笑顔に、エルザの負けず嫌いがむくむくと目を覚ました。
 何よ。本を探すのに必要なことなんだもの。それに、エクルーはよく知らない男性ってわけじゃないわ・・・そりゃあ、2日分の知り合いだけど。もし何か、無体なことをされたら……蹴飛ばしてやればいいのよ。
 エルザは目を閉じると、きっぱり言った。
「言われた通りしたわよ。さあ、本のところに連れていって」


 自分の鼓動の音ばかりが耳に響く。それに、いつまでたってもエクルーが歩き出さない。
「どうしたの? 見つからないの?」
「うん……ヴィジョンがまとまらない。もっと集中して。俺と呼吸を合わせて」
 話しながら、エクルーはほとんど顔がくっつきそうなくらい身体を寄せてきた。エルザはパニック寸前だ。
「呼吸を合わせて……波動を合わせて……」
 2人のおでこが触れ合った。
「気持ちを鎮めて……思い描いて……」
 エクルーの息を感じる。エクルーの体温を感じる。集中なんかできっこない。
 ばっとエクルーが身体を起こした
「見えた! 深紅の革表紙に金の型押しで、対角線と四分割、そして中心を共有する大きさの違う5つのひし型……この本は……」
 エルザの手をとったまま、まっすぐに歩き出した。書架に背を向けて、さっき食事をしたテーブルの方に戻る。テーブルの横の、食前酒を入れるマホガニー材のキャビネットの前で立ち止まった。
「エルザ。目を開けて、キャビネットを開くんだ」

 その本は、今抱えても、エルザの手に余るくらい大きくて重たい造りだった。子供の頃なら、上に座れただろう。表紙のデザインがエクルーの言った通りだったことに、エルザはもう驚かなかった。
 本を見た途端、心臓がのどまでせり上がってきた気がした。息が苦しい。うまく吸えない。エクルーが何か言っているけど、聞こえない。
「開いて……」
 うわずった声でエルザが言った。
「ページを開けて……! 私は・・・この本に触れない……!」
 エクルーがページを開いた。黄ばんだ羊皮紙に、金彩色の飾り文字。ああ、この絵は覚えている……大賢人アナクシマンドロスの肖像画。お父様の方がずっとハンサムだわ、とコメントしたら、お祖母さまがお笑いになったっけ。ああ、ここも覚えている。石が病人を癒す奇跡。そして……汚濁した湖を浄化する奇跡。石の光を浴びて、森の、草原の、湖の生命がよみがえる。その鮮やかな色彩。生き生きとした生き物たち。エルザはひとつずつ指差しながら、お祖母さまとその絵を隅々まで見たものだった。
 小鳥、お魚、ウサギさん、シカさん、蝶々、赤い花、白い花、青い花、大きな魚、シロヒョウさん……
 この絵を見た時の楽しい気持ちを覚えている。大好きで、お祖母さまにせがんで何度も見せていただいた。

 なのに、怖い。次のページを開くのが怖い。見たことないはずなのに。
 いえ……本当? だって、私は知っているわ。大きな顕微鏡のような、大砲のような器械。その構造図と設計図。真ん中に石を装着して、得られるエネルギーのさまざまな図表。
 エルザはガタガタ震えていた。冷たい汗がしたたり落ちる。
「エルザ……?」
 気遣わしげにエクルーがエルザの顔をのぞき込む。 
「開けて! 次のページを! 早く……!」

 開く前から、エルザはその絵を知っていた。
 放たれる強烈な光。熱風。爆風。なぎ倒された木々。一瞬で干上がった大河。消し飛んだ建物の跡には……ぶかっこうな塊がいくつもいくつも……黒焦げになって、男女の区別さえつかない、たくさんの人々の亡骸がどこまでも……掘り出されたジャガイモのように無造作に地面に転がって……

 エルザは声にならない悲鳴を上げて、その場に倒れた。



(ひどい! ひどい! ひどい! ひどい!)
 エルザは叫び声を上げながら、目を覆って泣いていた。
(あんな恐ろしいこと、誰も教えてくれなかった。あんなに非道いことを、本当にカルミノがやっていたなんて。そしてあんなものがまだこの国にあったなんて。そして、私がその鍵? 番人? ひどすぎる。だまし討ちだわ)
 叫びは深淵に吸い込まれ、涙は水に溶けた。

 エルザは、日の射さない海底をどこまでも沈んでいった。ほの暗い青い空間が気持ちをなぐさめてくれる。水の冷たさが心を落ち着かせてくれた。
 
 ここはどこだろう?頭を巡らせると、自分の身体の下に底なしの海溝が見える。生き物の影はない。私は死んだのかしら?

「少なくともここにいれば、君はもう、”賢者の石”の責任を負わなくてすむ」
 すぐ傍で声がして、エルザはぎくっとした。
 エルザの身体はまるで錨か何かのように、何のためらいもなくまっすぐに水底目指して落ちてゆく。エルザのすぐ横に、水中であぐらをかいて同じ速度で沈んでゆく人物がいる。いつもエルザがお忍びのとき被るような、暗い色の神官のローブを着ていて、顔はフードに隠されて見えない。

「あなた誰? ここはどこなの?」
「どうして俺が知ってるもんか。ここは君が逃げ込んだ場所だ。そして俺は、君が寂しくて作り出した話し相手というわけ」
「私が作った……?」
「そう。だから何でも君のお気に召すことをしゃべるよ、エルザ姫?」
 その声はアルに似ているような気がした。でも、アルの声にはこんな毒はなかった。
「私のお気に召すままなら、もっとやさしいことを言ってくれればいいのに」
「そりゃ、君自身がいつまでもここに逃げ込んでるわけにいかないって思ってるからじゃないの?」
 エクルーに似た声がことさらイジワルに言った。
「じゃあ、どうすればいいの! 石を使って、また戦争しろとでも言うの!」
 エルザが喰ってかかった。
「まあ、ここにいるのが一番安全かもしれんなあ」
 フードの男が、今度は初めて聞く、少し年配の男の声でしゃべった。
「とりあえず、エルザがここで眠っている限り、石が悪用されることも、国外に持ち出されることもない」
「そうなの?」
「そうだ。石は鳥篭の中で安全だ。そのエネルギーはカルミノでこれまで同様、享受し続けることができる」
 それなら安心だわ。それなら私でもできる。そう思って、エルザは少し息をついた。あんなこと……あんな恐ろしい殺人兵器に関わるのはいやだ。

「そして、石の恩恵はカルミノだけで独り占めってわけだ」
 またイジワルな声が言った。
「私だってアルの仲間を助けたいわ。でも人殺しはいや。あんなことに加担したくない!」
「そう。そういう決断もある。すべては君次第だ。いい方にも悪い方にも使わないという選択もできる。君がここにいる限り、今解けた封印も有効だ。これからは君自身がここで石の力を封じ込めることになる」
 フードの男がアルの声で言った。
「私が……石を……封じ込める」

 生命のない青い深海。光も射さない死の世界。ここで、自分の空想の友達だけを話し相手に……石を守りながら、一生を過ごす?
「でも、そうしたらエルザ、君は一生、誰とも会えないんだよ?」
 フードの男が、今度は温かいまっすぐな声で言った。
「君のお父さんにもお母さんにも、サクラ姫にも、他の誰にも」
 その声は、リィンに似ている気がした。
「オリオン・ベルトやミラに乗る人がいなくなる。君にしか心を許さない馬たちなんだろう? 森で星の形のユリを見せてくれるって言ったじゃないか。君はもう見なくてもいいの?」

 一度は決心した心が揺らぐ。私はこの暗闇で、災いの石を封じる人柱になってもいいと思ったのに。
 もう、愛した人に二度と会えない。愛したものに、二度と会えない。

「ガトー・ショコラも二度と食べられないよ?」
 からかうように言う。

「だって、どうしたらいいの? あの絵は絵空事じゃない。私は知っている。お祖母さまが話してくださった。この国で本当に起こったことなのよ。私があんまりショックを受けたものだから、その記憶と”鍵”としての力を今まで封印してくださったんだわ」
「そう。それと……君を守るためだろうな」
 またフードの男が、年配の落ち着いた声で話す。
「君が”鍵”として覚醒していない限り、他国の人間に見つかることはないし、万が一さらわれても、例えば脅迫して君のあの兵器としてのパワーを使わせることはできない」
「どうして、もっと強力な封印にしなかったんだろう。例えば、一生解けないような」
「それは……君に判断を任せたからだろう」

 エルザは自分が落ちてきた水面の方を見上げた。もう水面の明かりもわからない。身体が落ち続けていなかったら、どちらが上かもわからない。
「判断を……任せる?」
「使うか使わないか。もし、使うとしたら、どんな風に使うか。君の判断を信じているんだよ」
 私だって、私自身が信じられないのに。

「僕も、君の判断を信じる。そりゃあ……仲間を助けてほしいけど、どっちにしろもう衰弱して、次々死んでいるんだ。石が間に合わなくて、全員死んじゃっても、それも運命ってものかもね」
 フードの男がにやにやしている。エルザはむっとして泣きたくなった。
「どっちにしろ、俺は君にこんなとこにいて欲しくないよ。こんな暗い場所にひとりでいて欲しくない。帰っておいでよ。石のことはみんな一緒に考えよう。ひとりで抱えるなよ」
「実はもう一種類デザートがあるんだ。食べたくない?」
「石のことはいろいろ調べた。俺も助言できると思う。君には、きっと賢い選択ができるはずだ」

 いろんな声が次々にフードの中から聞こえてきて、エルザはぞっとした。
 素早く腕を伸ばして引っ張ると……フードの中は空っぽだった。そのままぐしゃっと形が崩れて、男の姿は消え、エルザの腕の中にローブだけが残った。

 きゃあああああああぁぁ。
 いや、こんなところで一人はイヤ。こんな暗いところで一人にしないで。私は人と一緒にいたい。失敗しても、傷ついても、ケンカしても、一緒に暮らしていく方法を考えたいの。

(このローブについておいで)
 ローブの中から声が聞こえた。
(手を放して。ローブの落ちる方についておいで。帰っておいで)

 ローブを手放すのは怖かった。でも、帰らなくっちゃ。
 ローブは、海溝の底に向かって一直線に落ちていった。エルザは必死でそれを追う。水面と逆の方向でいいのかしら?

 海溝の底に光が見えた。
 2つの光。そこから声が聞こえる。アルの声、リィンの声、エクルーの声、もうひとり、年配の男の人の声。

「エルザ。帰っておいで。きっといい方法が見つかる。みんなで考えればいい」
 光に向けて、声に向かって、エルザは泳ぎ続けた。



「目を開けた!」
 ヘリンボーン模様の床でエルザは目を覚ました。アルとエクルーと、知らない男性が心配そうにのぞきこんでいる。リィンがぎゅっとエルザを抱きしめていた。
「リィン、汗を拭いてやるんだ。ちょっと脈を拝見」
 初めて会う、年配の男性がひざまづいてエルザを診察した。
「ゆっくり深呼吸して、気持ちを落ち着けるんだ。俺の声、わかりますか? わかったら、うなずいて」
 エルザはこくん、とうなずいた。
「意識ははっきりしているな」
 エクルーの差し出したアップルティーを、リィンが支えながら少しずつ飲ませてくれた。



「短い間だったけど、完全に呼吸が止まってたんだぜ? 俺、あせって全員呼んでしまった……」
 心配そうなエクルーの顔を見ながら、エルザは意地の悪い役回りにして悪かったな、とくすっと笑った。
「この人、ドクター・ムトー。俺とエクルーの上司なんだ。リィンにとっては叔父さんみたいな存在だ。俺たちと一緒にイドラから来た」
 アルがジンを紹介した。エルザはリィンの手を借りて、身体を起こした。
「ドクター、アル、教えて。もう、私にかかった封印は解けたの。この石が何なのか。石で何ができるのか、教えてください。イドラで苦しんでいる人は、どうやったら助けられるの?」
「ありがとう。でも、まず君は休んだ方がいい。話は後でもできる」
 そうアルは主張したけれど、エルザは譲らなかった。
「休むのこそ、後でもできる。まずは、あなた方のねらいを聞かせて」
 エルザはまっすぐにジンを見つめた。

 アルとジンは顔を見合わせた。リィンはエルザの身体に毛布をかけて、しっかりくるんでやった。
「じゃあ、とにかくお茶にしよう。全員、糖分の足りない顔をしてるよ」
 エクルーはテーブルに、イチゴがたっぷり乗ったカスタード・タルトとお茶をセットした。
「とりあえずエルザ、お帰りなさい」
 お茶のカップを上げて、自信家の台所妖精がにっこり笑った。
「俺のデザート食べたくて、帰ってきたんだろ?」


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*COMMENT-コメント-
▽今読むと
けっこうドキドキ展開。エルザ、るーちゃにドキドキしているな。
ここでのエルザの行動はサクラと対照的にしたかったんだよね。サクラは自分が人柱になることを選ぶんじゃないかな。多分、サクヤも。エルザは立ち向かうタイプ。そんな対比を書きたかった。
*COMMENT FORM-コメント投稿-
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「姫おり」過去編
織姫のお仕事
     4.0
   4.1 4.2

カルミノ編 1日目 『桜降る夜の森に』 2日目  『雷鳴の封印』  『拾い子』  『森の中の星空』 3日目  『再生の呪文』  『春日なる』 4日目 祝宴 お茶会  『おすそわけ』  
イドラ編 あかねるーver.  『茜さす』  『玉章の』  『ぬばたまの』  『真菰刈る』  『吾ぎ妹子の』  『シュアラの休日』  『天雲の』
いずみるーver. 『夢一夜』   『はじめの一歩』 外々? 『グレイの冬空』 『リィンの探検記』 『舞初め』 『忍ぶれど』 『色出でにけり』 『未遂』 『Fly me to the twine moon(その1)』 『ラプソディー(その1)』
すおみろい  『Baby Morning, Baby Night』  『Be Ambitious, Boys!』  『標野行き』 『Calling』   (上) (下) (おまけ) 『玉響詞(タマユラノウタ)』   『Honey suger hummingbird』 『すみれ色の指輪』 ぱーるる 『しろたえの』 『Agnus Dei』 『Sanctus』 『Kyrie eleison』 『夜の瞳』 『狼の宅急便』
3つ子&小町ズ&あるびー 『山笑う』 『魂100まで』  『明日に架ける橋』 『疳の虫 虫の知らせ』 『鈴猫』 『鬼灯(カガチ)』
あかねれー 『リカバリー70%』 ありしん
シュアラ編
エイロネイア編 らーじー 『風を悼み』 『禊の苑で』 『重なる月に寄せて(その1)』
目次(香月)
「姫おり」過去編
嘆キノ森シリーズ
『嘆キノ森』
 正面左右背後
 出口1
『嘆キノ森-PSI-missing-』
     

カルミノ編 前夜祭 『Happily Ever After』01 1日目 『Happily Ever After』02 『Happily Ever After』03 『Happily Ever After』04 『Happily Ever After』05 2日目 『Happily Ever After』06 『Happily Ever After』07 3日目 4日目 祝宴 お茶会  『romanesque』
イドラ編 あかねるーver.  『flying』  『アイルキスユー』  『輪舞-revolution-』

かしるな 『奈落の花』  EPISODE1  EPISODE2  EPISODE3  EPISODE FIN 『Trikstar』 『モノクロのキス』 Side:L 『GLORIA』    EPISODE Final 『TRANSMIGRATION』
あかねれー 『Never more』  Ⅰ.undelete 『I'll be there』   final 『FRIENDS』     『mezzo forte』     『赤い涙』     『too late? …』  Side:R   Side:A  Final!
ありしん 『瑠璃の鳥』    
シュアラ編 『Front breaking』 『Dell'oscurità per brillare』 『End symptom』 【露癒の祀】 拾壱>拾弐
エイロネイア編  『daily workⅠ』 『覚醒ヒロイズム』 EPISODE1 EPISODE2
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