『織姫のお仕事 4.2』 (ヴァル)
今度はあきらとサクヤ。
女同士の内緒の話♪
勝手に作っちゃったけど良かったかなあ?
でもあきらを応援したかったんです。ギャグとしては面白いんだけど、2人のツンツンツンデレな関係。でもちょっと切ないよね。
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女同士の内緒の話♪
勝手に作っちゃったけど良かったかなあ?
でもあきらを応援したかったんです。ギャグとしては面白いんだけど、2人のツンツンツンデレな関係。でもちょっと切ないよね。
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初秋の空が日に日に高くなっていく。数百はいるだろう、蜻蛉が空を埋めていた。
稽古が終って飲む水の甘いこと。何物にも替え難い至福の恵みだ。両手に掬って顔、腕、首にもかける。垂れた水がひやりと冷たい。好きな季節だった。月が澄んで、空が澄んで、空気が甘くなる。夏の暑さに耐えた身体が、鍛錬の成果を発揮してくれる季節でもある。
その日は八朔だった。大祭の準備を手伝って、少し疲れていたのかもしれない。清水だけで満足できず、緑の球に目が留まった。わかっている。これは禁忌の食物。特別な儀式のために育てられた標野の果物。でも毎年引き寄せられる。
1個だけなら。澄んだ緑色の芳しい果物に手を伸ばす。1個なら大したことになるまい。
「こら」
背後から声が飛んで、びくっと手を引っ込める。
「橘なんか齧ったら、永遠に生きるハメになってしまいますよ」
くすくすという笑い声とともにたしなめられる。昔、こんなことがあった気がする。
「それに苦くて食べられませんよ。あきらさんもご存知でしょう」
麻の大きな前掛けに緑の果実をいっぱいに集めて、サクヤがくすくす笑っている。確かに橘の苦い味は知っている。食べられないとわかっていながら、毎年、つい齧ってしまうのだ。でもこの美しい果実の誘惑には勝てない。
「代わりにこれを差し上げましょう」
サクヤは前掛けから橘より2回りほど大きな緑の柑橘を3個差し出した。私が思わず受け取ると、サクヤは前掛けをはずして手際よく両端を結んで残りの果実を包んだ。
「これをイドラに届けてくれる?」
空中から大振りのホタルが3匹現れて、包みの周りをくるくる泳いでいる。
「ルナのところよ。わかるわね」
ホタルはうなづいたようだ。しばらくにょろにょろ包みの周りを漂っていたかと思うと、ふっと荷物ごと消えた。
「さ、これで私はのんびりできます」
サクヤはにっこり笑うと稽古場の縁側に腰を下ろした。
「これはすだちです。シュアラの南の方で育てられている果物です。今、イドラは妊婦さんがいっぱいいるから差し入れに」
「どうやって食べるの?」
「蜜柑のようにそのまま食べるには酸っぱいですけど、焼き魚にしぼったり、清水に絞り込んで蜂蜜を垂らして飲んだりします。でも身体を動かした後なら、そのまま齧ってもさっぱりするかも」
そう言われて、思わずひとつ、ガリリと齧った。
苦い。でも爽やかな香りが広がって、酸味と幽かに甘みのある果汁が染み渡った。今、私が欲しかったのはこれだ。あっという間に3個全部齧ってしまった。
「ふう。さっぱりした」
「当分、イドラにはこれが必要ですから、時々ここにもおすそ分けに来ます」
「ありがとう」
くちびるは皮の苦さにしびれているが、口の中は気持ちのいい酸味で清々しい。
果汁のついた両手を清水ですすいでいると、サクヤがじいっと私を見つめているのに気が付いた。
「あきらさんは私の姉に似ているわ」
その唐突な言葉に驚いた。サクヤに姉がいたっけ?
「ああ、すみません。昔の話なんです。つまりその姉の許婚が雪路さんに似ていたという……そんな大昔の話」
「ミギワ殿という?」
「そうです。姉の名はケレスと言いました」
サクヤの義兄の話は何度か雪路に聞いたことがある。でも姉上がどんな方だったか初めて聞く。
「私は生前の姉に会ったことがないんです。でもエクルーやスオミが教えてくれたところによると、長い黒髪を艶々となびかせた美しく凛々しい方だったそうです。そしてリモという青い酸っぱい果実が大好物だったんですって。ミギワ様は酸っぱいものが苦手で、リモを食べられなかったそうよ」
「う、うつくし……りりし……」
私は照れて絶句してしまった。
「儀式にホルム……長い棒の先に刃のついた薙刀のような武器なんですが……これを使った舞を行うので、子供の頃から鍛錬を積んで、名手だったそうです。大の男も適わなかったと。また潔く、男前な性格で、さばさばと笑って避難船の指揮を執ることを引き受けたそうです。ミギワ様の方がショックが大きかったみたい」
サクヤはくすくす笑っている。
「いざとなると女は強いわ。決断も早い。いつまでも思い出に浸ってめそめそできるのは男の人の特権ね」
……雪路は泣くだろうなあ、こんなこと言われちゃうと。
「姉は船に乗るとき、お腹にミギワ様の子供を宿していました。だから強くなれたんだわ。ミギワ様と離れ離れになっても、新しい土地で子供を育てる覚悟があった。でも子供のことをミギワ様には言わなかったんです。もし知っていたら、ミギワ様はどんなことをしても、姉を行かせなかったでしょうから」
母は強し、か。
「卒業しないとね、私も、雪路さんも。昔の思い出に浸ってめそめそしている時間はない。人と人の縁は長いようで短いんですもの。たとえ、橘を食べたとしても」
そう言いながら、サクヤはもうひとつ懐から果実を取り出して私の手に乗せた。
「一緒にいられる時間を大事にしないと」
ざざ、と野分けが吹きぬけた。生姜の花の鮮烈な甘い匂いが庭を満たす。
「その1個は雪路さんと食べてください。その果実の名前を雪路さんに教えてあげて」
「これの名前?」
「”すだち”、と」
見上げたときには、サクヤの姿はなかった。
青い高い空に果実を放り上げて、ぱしっと受け止めた。手の中で爽やかに潔く香る。
「”巣立ち”、か」
私達はいつになったら、この幼馴染モドキの腐れ縁の関係から卒業できるのやら。でも季節は移っている。そして私達は橘を食べたわけではない。
さて、今日のサクヤの話をどんなふうに雪路に伝えてやろうか。めそめそ男がその気になるのを待っていたら、3万年経ってしまう。
まずは女が強くたくましくならないとね。
稽古が終って飲む水の甘いこと。何物にも替え難い至福の恵みだ。両手に掬って顔、腕、首にもかける。垂れた水がひやりと冷たい。好きな季節だった。月が澄んで、空が澄んで、空気が甘くなる。夏の暑さに耐えた身体が、鍛錬の成果を発揮してくれる季節でもある。
その日は八朔だった。大祭の準備を手伝って、少し疲れていたのかもしれない。清水だけで満足できず、緑の球に目が留まった。わかっている。これは禁忌の食物。特別な儀式のために育てられた標野の果物。でも毎年引き寄せられる。
1個だけなら。澄んだ緑色の芳しい果物に手を伸ばす。1個なら大したことになるまい。
「こら」
背後から声が飛んで、びくっと手を引っ込める。
「橘なんか齧ったら、永遠に生きるハメになってしまいますよ」
くすくすという笑い声とともにたしなめられる。昔、こんなことがあった気がする。
「それに苦くて食べられませんよ。あきらさんもご存知でしょう」
麻の大きな前掛けに緑の果実をいっぱいに集めて、サクヤがくすくす笑っている。確かに橘の苦い味は知っている。食べられないとわかっていながら、毎年、つい齧ってしまうのだ。でもこの美しい果実の誘惑には勝てない。
「代わりにこれを差し上げましょう」
サクヤは前掛けから橘より2回りほど大きな緑の柑橘を3個差し出した。私が思わず受け取ると、サクヤは前掛けをはずして手際よく両端を結んで残りの果実を包んだ。
「これをイドラに届けてくれる?」
空中から大振りのホタルが3匹現れて、包みの周りをくるくる泳いでいる。
「ルナのところよ。わかるわね」
ホタルはうなづいたようだ。しばらくにょろにょろ包みの周りを漂っていたかと思うと、ふっと荷物ごと消えた。
「さ、これで私はのんびりできます」
サクヤはにっこり笑うと稽古場の縁側に腰を下ろした。
「これはすだちです。シュアラの南の方で育てられている果物です。今、イドラは妊婦さんがいっぱいいるから差し入れに」
「どうやって食べるの?」
「蜜柑のようにそのまま食べるには酸っぱいですけど、焼き魚にしぼったり、清水に絞り込んで蜂蜜を垂らして飲んだりします。でも身体を動かした後なら、そのまま齧ってもさっぱりするかも」
そう言われて、思わずひとつ、ガリリと齧った。
苦い。でも爽やかな香りが広がって、酸味と幽かに甘みのある果汁が染み渡った。今、私が欲しかったのはこれだ。あっという間に3個全部齧ってしまった。
「ふう。さっぱりした」
「当分、イドラにはこれが必要ですから、時々ここにもおすそ分けに来ます」
「ありがとう」
くちびるは皮の苦さにしびれているが、口の中は気持ちのいい酸味で清々しい。
果汁のついた両手を清水ですすいでいると、サクヤがじいっと私を見つめているのに気が付いた。
「あきらさんは私の姉に似ているわ」
その唐突な言葉に驚いた。サクヤに姉がいたっけ?
「ああ、すみません。昔の話なんです。つまりその姉の許婚が雪路さんに似ていたという……そんな大昔の話」
「ミギワ殿という?」
「そうです。姉の名はケレスと言いました」
サクヤの義兄の話は何度か雪路に聞いたことがある。でも姉上がどんな方だったか初めて聞く。
「私は生前の姉に会ったことがないんです。でもエクルーやスオミが教えてくれたところによると、長い黒髪を艶々となびかせた美しく凛々しい方だったそうです。そしてリモという青い酸っぱい果実が大好物だったんですって。ミギワ様は酸っぱいものが苦手で、リモを食べられなかったそうよ」
「う、うつくし……りりし……」
私は照れて絶句してしまった。
「儀式にホルム……長い棒の先に刃のついた薙刀のような武器なんですが……これを使った舞を行うので、子供の頃から鍛錬を積んで、名手だったそうです。大の男も適わなかったと。また潔く、男前な性格で、さばさばと笑って避難船の指揮を執ることを引き受けたそうです。ミギワ様の方がショックが大きかったみたい」
サクヤはくすくす笑っている。
「いざとなると女は強いわ。決断も早い。いつまでも思い出に浸ってめそめそできるのは男の人の特権ね」
……雪路は泣くだろうなあ、こんなこと言われちゃうと。
「姉は船に乗るとき、お腹にミギワ様の子供を宿していました。だから強くなれたんだわ。ミギワ様と離れ離れになっても、新しい土地で子供を育てる覚悟があった。でも子供のことをミギワ様には言わなかったんです。もし知っていたら、ミギワ様はどんなことをしても、姉を行かせなかったでしょうから」
母は強し、か。
「卒業しないとね、私も、雪路さんも。昔の思い出に浸ってめそめそしている時間はない。人と人の縁は長いようで短いんですもの。たとえ、橘を食べたとしても」
そう言いながら、サクヤはもうひとつ懐から果実を取り出して私の手に乗せた。
「一緒にいられる時間を大事にしないと」
ざざ、と野分けが吹きぬけた。生姜の花の鮮烈な甘い匂いが庭を満たす。
「その1個は雪路さんと食べてください。その果実の名前を雪路さんに教えてあげて」
「これの名前?」
「”すだち”、と」
見上げたときには、サクヤの姿はなかった。
青い高い空に果実を放り上げて、ぱしっと受け止めた。手の中で爽やかに潔く香る。
「”巣立ち”、か」
私達はいつになったら、この幼馴染モドキの腐れ縁の関係から卒業できるのやら。でも季節は移っている。そして私達は橘を食べたわけではない。
さて、今日のサクヤの話をどんなふうに雪路に伝えてやろうか。めそめそ男がその気になるのを待っていたら、3万年経ってしまう。
まずは女が強くたくましくならないとね。
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