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《賢者の石対策本部:みんなで幸せになろうよ》

谷地田ヴァルゥと、梧香月さん、日和小春さんの合作世界です。 原作で不遇なヤツ、不憫なヤツ、”双子の月が廻る世界”でみんな幸せになろう。

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ほの暗い南の森で(その5)

 そこは、水色の光に満ちていた。明るい水色。水底に光源があるようだ。サンゴ礁の海は透明度が高いので、水深20メートルにあるものもクリアに見えて、浅瀬にあると錯覚するという話をぼんやり思い出していた。
 その女の人はすぐ傍に見えた。水面から手を伸ばしたら届きそうなほどに。でも試してみなくても彼女に触れるには深く潜らないといけないことはわかっていた。深い水底。竜宮に届くほどの奈落。時間の流れが違うほどの。
 彼女は両手の平をぴたりと合わせて、まるで何かを祈っているように見えた。水底に横たわって、両目を閉じて、何かを祈っている。まっすぐな薄緑がかった銀色の髪が長く渦巻いて横たわる彼女の身体を包んでいた。まっすぐな銀の長い髪。私は一昨日会ったメイさんの姿を思い出していた。メイさんは眠っている間、ここに来ているのかもしれない。時間のない夜も昼もない音のないこの空間に。

 私は首にかけていた革紐を外した。紐にはドンちゃんの石が通してある。白い渦のような模様のある青紫の石だ。オガタマの形をして紐を通せるようにちゃんと穴が空いている。ホタルが変化して石になる時、穴の空いた形を取るのは特定の人間の守り役をしている印なんだそうだ。何にしろ、便利な話である。
”都。何をするつもりだ。私を置いて行くつもりか”
”鏡ちゃんかきーちゃんが来たら、状況を説明して。ここを頼んだわね”
”バカなことをするな。ひとりで行くな”
 ドンちゃんはまだ何か文句を行っていたが、私はかまわずに石を通した革紐を私といくつも違わない青年に渡した。彼は憔悴し切ったような、それでいて呆然とした表情で妻子の沈んでいる泉のほとりに座り込んでいる。
「お父さん。これをお預けします。すぐに私の仲間が来ます。そしたらこの石を渡してください」
 青年は答えない。
「しっかりしてください。一刻を争うんです。私は奥さんを捕まえに行きます。でも私ひとりでは彼女を連れて戻って来れないかもしれない。仲間の力が必要かもしれない」
「仲間……」
「私たちはそのために来たんです。あなたの赤ちゃんを取り戻さないと。ここの水は死にます」
「水が……死ぬ……」
 青年は焦点の合わない目でぼんやり私を見つめ返す。
「森も山も死にます」
「山が……死ぬ……」
「頼みましたよ。必ず、この石を渡してください」
「石を……渡す……」

 心もとないが、いざとなれば鏡ちゃんはこの頼りない父親をどやしつけて、ドンちゃんを取り返してくれるだろう。とにかくこうでもして捕まえておいてもらわないと、ドンちゃんがどうにか石から出て私について来かねない。それは困る。下りていくのは簡単だが、戻って来るのは大変なのだ。ドンちゃんの龍神無線LANは、多分この水底では地上に届かない。ここにいて、鏡ちゃんを呼んでもらわないといけないのだ。

 私はふと思いついて、ザックに入れていたメイさんの絹のショールを取り出した。預かったまま、まだ渡していない。桐花のラベンダー、魅月のパールグレイ、鏡ちゃんの鮮やかなオレンジ。3本のショールを軽くねじって腰に巻いた。崖を降りる私を支えてくれるザイルの代わりだ。首には青紫のショール。メイさん、私を守って。
 背後でまだドンちゃんが叫んでいた。その声は紐を握っている青年には聞こえないだろう。
 タカちゃん、あなたに会えるかも。この水はあなたに続いている気がする。会えたら……私は戻って来たくなくなってしまうかも。でもとにかく、この赤ちゃんは取り戻す。この子はまだ何も見てない。空も見てない。お母さんの顔も見てない。この子は、私だ。生まれない方がいいなんて、そんなバカなことあるもんか。

 私はトレッキングシューズを脱ぎ捨てて、むしり取るように分厚いソックスも放り出した。
 水は、予想に反して冷たくなかった。足先が浸っているはずなのに、何も感じ無い。冷たくも暖かくもない。ふくらはぎの深さまで入っても、水圧も浮力も感じ無い。水底からの明かりが私の身体を照らす。足の裏の感触は滑らかだ。大丈夫。私、この場所を知ってる。私はさらに深みへと足を運んだ。


 那須勝浦を拠点に決めて3日。調査は思いのほか難航していた。とにかくメンバーの半数が本調子じゃない。元気なのは、私とリューカ、きーちゃん、魅月。ドンちゃんはうっかりするとすぐ石に戻ってしまうし、桐花と鏡ちゃんも顔色が悪かった。とりあえずこの3人がイヤがる場所が核心地に違いない。じわじわとアプローチしては、3人の顔色と地形図を見比べて地図にペケをつける。合間に雑誌に使えそうな写真を撮って、簡単な取材メモをつけては社に送った。昨今、どんな田舎にもコンビニがあるし、どんな僻地でも郵便局がある。有難い話だ。
 きーちゃんは白黒コンビを載せて車で。リューカと鏡ちゃんペアと、私とドンちゃんペアが徒歩で探し回った。私たちは山崩れの現場か、崩れて流れの止まった沢筋、倒れた大木のようなものをイメージしていたので、林道や遊歩道を手分けして探索した。去年は私たちが行く先々でホタルの幼生がきゅーきゅー言いながら窮状を訴えに来るので、綻びや歪みを見つけるのがずっと簡単だった。今回は違う。ドンちゃん、鏡ちゃんクラスでも辛いのだから、若いホタルや妖魔が動けるはずがないのだ。不動滝で修業中の小坊主さん達に可愛がられていたホタル2匹も、ここ半月出て来ないそうだ。鳥も鳴かない。山々が眠っている。

 3日めの夕方、その日の昼間はドンちゃんが割と元気で杉の古木や寺社林のクスノキを見て喜んでいたのだが、棚田の散らばる集落に続く細道に下りて来た途端に石に戻ってしまった。キーンと空間が軋むような嫌な音がしている。ドンちゃんに紐を通して胸にかけて村まで下りてみたが、小学校のある辺りまで来るともう何ともない。道を歩く子供達に声をかけてみたが、特に異常を感じていないようだ。もう一度、棚田の方に戻る。ここらは県道から数キロも離れていない場所だ。耳の奥がドクンドクンと脈打つ感じだ。何だろう。頭の奥が痺れるようだ。

 もう一度集落の方に降りるとケータイの繋がる場所に出たので、きーちゃんとリューカに報告した。
「多分、ここ、近いと思う。遊歩道からここに戻る途中、脇道があったの。何だかね、ええと、湿った感じのところだった。滝か湧水があるんだろ思う。水の匂いがした」
 案の定、2人ともひとりで山に入るなと言った。日没まであと1時間足らず。こんな時間に山道を辿るなんて、バカのすることだ。だが、全員、今が一番良い時間だとわかっていた。昼と夜の間。あらゆる境界が曖昧になる黄昏時。あっちとこっちをつなぐ亀裂を見つけるのに、今をおいて最適な時間は無い。今を逃せば、もう一日待つしかない。
「とにかく、今からすぐそっちに向かう。その場で待ってろ。ミイラ取りがミイラになるぞ」
 きーちゃんの車の後部座席にいるみっちゃんが、ケータイでリューカと繋がっているらしい。鏡ちゃんもリューカも、異口同音に私を止める。私は最寄りの県道と集落の名前、GPSの数値を伝えた。きーちゃんは車で1時間ほどの場所にいたが、徒歩のリューカ達を拾ってからここに来ると2時間以上かかる。
 それでは遅過ぎる。首の後ろの毛がビリビリ震える。今、まさに、何かここで起こっている。このすぐ傍で。
「都! もう一度言うぞ。ひとりで入るな。すぐ行く。わかったな」
 私は生返事しながら坂道を登り始めた。すぐ圏外になって通話が途切れた。西に傾いた最後の日の輝きが山際を照らしている。谷筋の山里はもう薄青い夕闇に沈み始めていた。

 脇道は思いのほか、奥まで続いていた。石垣の崩れた、耕す人のいない荒れた棚田の間を歩いて、さらに山道を上る。木の下闇が濃くなって来た。キツネかタヌキにでも化かされそう。でもキツネやタヌキなら可愛いものだ。水の匂いが濃い谷間の森。この道はきっと竜宮に続いている。私は子供の頃、すでに一度、竜宮さまに目をつけられている。もう一度目が合ったら、今度は見逃してくれるだろうか。
 杉林の間に細い石段があった。小さな苔むした石碑にあっさりと”観音堂”と書いてある。石段の先からむっとするほどオゾン臭が漂って来る。間違いない。この先だ。薄暗い林間は意外に遠くまで見渡せた。多分今、視力じゃないもので見ているのだと思う。もうここはすでに、あっちに踏み込んでいるのかもしれない。大丈夫。すぐにきーちゃんが来る。リューカも鏡ちゃんも来てくれる。だから今のうちにもう少し。こんなにはっきりたどれるうちに。一応ケータイのアンテナを見てみたが、もちろん圏外だった。
”都。行くな”
 胸元でドンちゃんが言う。
”うん。でももう少し。もう少しだから”
 だってほら、こんなにはっきり見える。竜宮さまが呼んでいるのかもしれない。私は石段を登り始めた。
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織姫のお仕事
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イドラ編 あかねるーver.  『茜さす』  『玉章の』  『ぬばたまの』  『真菰刈る』  『吾ぎ妹子の』  『シュアラの休日』  『天雲の』
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すおみろい  『Baby Morning, Baby Night』  『Be Ambitious, Boys!』  『標野行き』 『Calling』   (上) (下) (おまけ) 『玉響詞(タマユラノウタ)』   『Honey suger hummingbird』 『すみれ色の指輪』 ぱーるる 『しろたえの』 『Agnus Dei』 『Sanctus』 『Kyrie eleison』 『夜の瞳』 『狼の宅急便』
3つ子&小町ズ&あるびー 『山笑う』 『魂100まで』  『明日に架ける橋』 『疳の虫 虫の知らせ』 『鈴猫』 『鬼灯(カガチ)』
あかねれー 『リカバリー70%』 ありしん
シュアラ編
エイロネイア編 らーじー 『風を悼み』 『禊の苑で』 『重なる月に寄せて(その1)』
目次(香月)
「姫おり」過去編
嘆キノ森シリーズ
『嘆キノ森』
 正面左右背後
 出口1
『嘆キノ森-PSI-missing-』
     

カルミノ編 前夜祭 『Happily Ever After』01 1日目 『Happily Ever After』02 『Happily Ever After』03 『Happily Ever After』04 『Happily Ever After』05 2日目 『Happily Ever After』06 『Happily Ever After』07 3日目 4日目 祝宴 お茶会  『romanesque』
イドラ編 あかねるーver.  『flying』  『アイルキスユー』  『輪舞-revolution-』

かしるな 『奈落の花』  EPISODE1  EPISODE2  EPISODE3  EPISODE FIN 『Trikstar』 『モノクロのキス』 Side:L 『GLORIA』    EPISODE Final 『TRANSMIGRATION』
あかねれー 『Never more』  Ⅰ.undelete 『I'll be there』   final 『FRIENDS』     『mezzo forte』     『赤い涙』     『too late? …』  Side:R   Side:A  Final!
ありしん 『瑠璃の鳥』    
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