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《賢者の石対策本部:みんなで幸せになろうよ》

谷地田ヴァルゥと、梧香月さん、日和小春さんの合作世界です。 原作で不遇なヤツ、不憫なヤツ、”双子の月が廻る世界”でみんな幸せになろう。

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ピアノ図書館(その4)

 いつまでも晩酌の魚にするわけにいかないので、トンスケを揺り起こした。
「ほら。風邪引くぞ。ウルマス帰って来たから」
 トンスケは持ち前の寝起きの良さでぱちっと目を覚ますとさっと正座して挨拶した。
「ウルマス、お久しぶりです。この琵琶、ご存じですか? お知り合いじゃないですか?」
 ウルマスは面白そうにニヤニヤ笑った。
「はい、久しぶり。うん、よく知ってるよ」

トンスケは心底ほっとしたような笑顔を見せた。
「良かったやん、おまえ。友達見つかったやんか。桐の言った通りやったなあ」と琵琶に話しかけている。
 大人全般に突っ張ったような口を利くくせに、こういうところは素直だ。葵さんも喜んでいるが、これには”さすがウルマス”というような信頼が見えて面白くない。
「こいつ、何て名前なんですか?」
 トンスケに聞かれてウルマスは首をひねった。
「さてな。いろんな名前で呼ばれてたから、ご当人はどれが自分の名前のつもりかね。得意の曲にちなんで啄木などと呼ばれてたとこまでは知っているが」

「右近」
 葵さんがつぶやくように言った。
「そう呼んでくれた子がいたのよね?」
 そう問いかけると琵琶がビョロロンと鳴いた。
「私たちもそう呼んでいい?」
 もう一度ビョロロロンと鳴く。
「そう。右近、都におかえりなさい」

 葵さんが優しくそう話しかけた途端、琵琶がパタッと倒れた。
 倒れた、というのはおかしいか。ふっとやかましいエネルギーが抜けて、ただの琵琶みたいになったのだ。
「死んじゃったん?」
 トンスケが子供らしく無造作に聞く。
「安心したんだろうな」というウルマスのコメントにトンスケがさらに聞く。
「死んじゃったん?」
「いや。でもま、2、3日は寝てるだろう。大人しくしてる間に弦張り替えるなり手入れしたらいい」

 その晩はトンスケと葵さんで琵琶を挟んで川の字で寝ることになった。
「せっかくやっと帰って来たのに、目が覚めてひとりやったら寂しいやろ」
 またそんな素直で優しいことを言うものだから、俺は涙腺が弛みそうになった。ええ子やなあ。鷹史、ええ子に育っとるぞ。お前、見たかったやろなあ。トンスケは鷹史のことをどのくらい覚えているんだろう。俺は聞いてみたことがない。

「また騒いだり暴れたりしませんかね?」
 キジローは懐疑的だ。こいつはさすがに人の親という気がする。住吉の連中はだいたい妖魔の危険性に無頓着過ぎるのだ。
「大丈夫よ、きーちゃん。銀ちゃんはもう右近のマスターだもの」
 俺にもだいぶ、こういうことがわかって来た。封じてあった包みをトンスケが開けたおかげで、恩義と契約が生じたらしい。それにしても葵さんも毎度、無造作に託宣する。この人の目にはいったい世の中がどんな風に見えているんだろう。

 同じ質問を、枝社に残った男達と飲みながら繰り返した。
「葵さん、何ヶ国語話せるんでしょうね。こないだなんか、エストニアのパン屋のおかみさんとセト語で雑談してケラケラ笑ってましたよ」
 俺なんかいくら寝ずに勉強しても日英独仏伊がせいぜいだ。スペイン語なんかは仏伊から類推して気合で喋る。それ以外は調査旅行の先々でどうにか買い物に困らない程度の挨拶だけ覚える。少数言語で雑談なんか程遠い。
「葵さん、話せても読めないでしょ」
 リューカが指摘する。
「でも現地の人に音読してもらうと意味わかるらしい」
「つまりそういうことでっしゃろ」
「そういうことって?」

「ああ。そういうことか」
 キジローの方が先に納得した。
「ノン太。俺らがタカ兄の言うことわかってたのと同じや」
 
 そういうことか。鷹史、今夜は何だかお前のことばかり思い出す。いいや、いつもだ。住吉に寝起きしながら、俺はいつも鷹史の痕跡を探している。それはきっと葵さんも同じだ。神社で。家で。大学で。街角で。いつも新さんの面影を探しているに違いないのだ。
 だから俺は、葵さんにずうずうしく迫れない。俺も葵さんも同じ。身体の一部分が欠けて穴が空いている。いつも何かを探している。消えたなんて信じてない。信じられない。世界中を旅しながら、どこかにひょっこり生活しているんじゃないか、何でもない顔で笑いかけてくれるんじゃないか。そんな思いを抱えて生きている。
 こんな穴を抱えたまま、誰かに恋したりできない。

   新さんのことは”さっちゃんの親父さん”ぐらいの認識で、あまり印象が残っていない。俺は6歳から住吉に出入りしていたが、あまり話す機会がなかったからだ。新さんは昼間はピアノ図書館で蔵書整理のバイトしつつカロ先生の助手のようなことをしていた。夜は街中のジャズバーでピアノ弾き。子供の活動時間にめったに神社にいなかったのだ。そして俺が13歳の時、消えた。
 
 さっちゃんや葵さんが気の毒だとは思ったけど、自分自身はそれほど動揺したわけじゃない。むしろ新さんが消えた時、俺の妹の都が寝込んだことの方がショックだった。まだ3歳にもならないちっちゃな都が竜宮の奈落に引きずり込まれそうになった。正直、それまで俺はピンと来ていなかったのだ。確かに鷹史は変わってるけど、自閉症の天才少年の本を読んだことがあるしそんなものだと思っていた。さっちゃんも桜さんも身体が弱いだけだと思っていた。
 つまり、金の瞳の姫君だの、竜宮だの信じていなかったのだ。新さんは消えてしまったけれど、都は元気になったし、だからやっぱりその後もそれほど深刻に考えていなかった。
 
 鷹史が消えるまでは。
   
 そもそもの最初から、俺は鷹史のために住吉神社に連れて来られたのだ。6歳当時、鷹史は母親の咲(えみ)さんとさっちゃんの2人としか話さない子供だった。というより、咲さんとさっちゃんだけが彼の言葉と気持ちがわかったのだ。無表情で、ツバメのように空を飛んでて、およそ人間らしいところがなかった。さっちゃんは生まれた時から鷹史とだけつながって、やっぱり無表情な赤ん坊だった。泣きも笑いもせず、ただ鷹史とふわふわ浮かんでうとうとしていた。2人だけで完結していて、他の人間を必要としていなかった。それでも葵さんは、さっちゃんがいつお腹すいてるかわかったし、縁側の猫を見て笑っているのがわかった。鷹史の指差した先にカケスを見つけて、2人してきゃっきゃと喜んでいることが、それぞれの母親だけには伝わったのだ。葵さんが言うには、小さな鈴がなるような、波打ち際の夜光虫が指の先で瞬くような、そんな微かな音とも光ともつかないものが、心に届いていたそうだ。

     2人が初めて、母親以外の人間に伝わるように感情を表に出したのは、俺が来てからのことだったらしい。つまり俺がそういう勘が一切働かなかったから、あちらから働きかけてコミュニケーションしてくれたわけだ。どうして俺だったのか、今でもわからない。とにかく俺は鷹史に見込まれて、2人にいきなりなつかれてしまったわけだ。
    母親以外は自分だけ、と言われて放っとけるわけがない。俺はせっせと住吉神社に通って、中学二年からはとうとう住吉に下宿して住み込むようになってしまった。考えてみると、そのちょっと前に新さんが消えたわけだ。新さんをあまり知らなかったとはいえ、親父が栄転で関東に移動となった時に、家族について行く決心がつかなかった。
   
 新さんが消えた瞬間、妹は竜宮に牽かれて奈落の底を覗き込んだらしい。それを引っ張り戻したのは母親だった。父が彼女と再婚して3年。いや、俺が産みの母親を失ってからだと8年ぐらいになる。彼女は自分自身の子供を持とうとせずに、俺を育てることだけにエネルギーも時間も費やしてくれたわけだ。そんな事情を、俺は当時、よくわかっていなかった。子供は自分に与えられるものを疑わないものだ。11歳違いの妹を、俺は心待ちにしていた。生まれた赤ん坊は、金色の髪と緑の目を持っていて、丸っきり無表情で泣かない子供だった。そして母親と俺にしかなつかなかった。まるで出会った頃の鷹史みたいに。
 そんな妹より、俺は鷹史とさっちゃんを選んだわけだ。

 妹が高熱を出して生死の境をさまよった後、母親と母の姉の咲さんは相談して、妹がある程度大きくなるまで住吉から隔離することに決めた。母親は妹を連れて、関東の山寺に駆け込んだ。それほど間を置かずに、親父の転勤が決まって関東で一緒に暮らせるようになったのは幸運だった。そして俺は家族と離れて、住吉に残った。
 
 どうやら妹の都は鷹史を盲目的に崇拝していたらしい。鷹史が折に触れて会いに来ては、慣れない環境で元気のない都に優しい言葉をかけていたそうだ。その点はズルいと思う。俺の立場がない。完全にお株をとられてしまった。とにかくそういうわけで、都は冷たい兄を恨むでもなく、”進学のため”という俺の表向きの言い訳を受け入れて応援してくれた。住吉に行けない自分の代わりに鷹史たちを守って欲しい、という文脈の励ましをもらったこともある。禅寺での修行と弓道の鍛錬を積んだ都に、咲さんが”もう大丈夫だろう”と判断して住吉を訪れる許可が出た時、あの子は11になっていた。俺には具体的に何をやっていたのかわからないが、都は鷹史と一緒に地脈の歪みを修復したり、竜宮へのイレギュラーな経路を閉じたりしてたらしい。何をやっているのかさっぱりわからなかったが、とにかく都が無表情なまま、うれしそうで活き活きしていたのはよくわかった。この時のために、あの子は健気につらい修行を耐えたのだ。
 
 そんな時間は一年も続かなかった。
 
 鷹史は俺の目の前で消えた。住吉の大祭前日。相撲の奉納試合や弓の演武、流鏑馬など一般公開の行事が行われて、一年で一番人が集まる時だった。押し合いへし合いする観衆の注目を一身に集めて、鷹史は消えた。見事的の真ん中に命中させて熱狂的な拍手に包まれ、疾走する馬上で、鷹史はふいに意識を失ったように見えた。ふうっと慣性で浮いた身体が、装束の重みであっけなく地面に落ちた。ぐしゃっと叩きつけられて地面に半回転した。受け身も何もなく、木偶人形みたいに。
    上に下にの大騒ぎになった。俺は何が起こったのかわからなかった。一瞬後に我に返って馬場に走り出したが、気になって観覧席のさっちゃんを振り向いた。さっちゃんは真っ白な顔をしていた。強ばった顔で膝の上のトンスケをぎゅうっと抱き締めていた。

     その刹那。空に強烈な閃光がひらめいた。一瞬後、地面が大きくかしいだ。視界がぐにゃっと歪んで見え、黒板をチョークでひっかいたようなキキィーと不快な音が大音響で耳をつんざいた。耐えきれず、俺は両手で耳を押さえて地面にかがみこんでしまった。
    音はすぐやんで、空も視界も正常に戻った。膝をついたままようやく身体を起こして辺りを見回すと、誰もかれもが地面でのたうっていた。目を覆った人、耳をふさいだ人、頭を抱え込む人。喘いで吐いている人もいた。あちらでもこちらでも乳幼児が火がついたように泣き叫んでいた。地獄絵図である。
 よろめきながら立ち上がって、震える膝を叱咤しながら馬場に走った。鷹史の装束は落ちたまま、地面に転がっていた。だが空っぽだった。綾藺笠に萎烏帽子、水干、射籠手、ゆがけ、行縢に沓。身につけた細々したパーツが落ちた時の配置のまま並んでいる。だが空っぽだ。中身が蒸発したみたいに。鷹史はどこにも見つからなかった。
 まるで最初から鷹史なんかいなかったみたいに。

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かしるな 『奈落の花』  EPISODE1  EPISODE2  EPISODE3  EPISODE FIN 『Trikstar』 『モノクロのキス』 Side:L 『GLORIA』    EPISODE Final 『TRANSMIGRATION』
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