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《賢者の石対策本部:みんなで幸せになろうよ》

谷地田ヴァルゥと、梧香月さん、日和小春さんの合作世界です。 原作で不遇なヤツ、不憫なヤツ、”双子の月が廻る世界”でみんな幸せになろう。

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南のほの暗い森で(その1)


 お社の朝は早い。
 午前4時に起き出して境内の掃除。神饌と祝詞を奉って、その朝のコンディションによって必要なチューニングをする。コンディションというのはつまり、水脈の濁りとか地脈のねじれとか、鏡ちゃんによると重力分布の歪みとか、そういう結界に緩みを生じる不具合の補修だ。

 今朝は南紀の崩れの影響であちこちズレが出ているので、それぞれの得意分野でいろいろやってみた。私と咲(えみ)さんは弓。トンちゃんは笛。きーちゃんは土俵でドスンドスンと四股を踏んでいた。きーちゃんは弓道師範の満先生の息子なのに、どうしても弓が苦手で9歳ぐらいで相撲に転向した。タカちゃんも中学生ぐらいから日本中飛んでチューニングに忙しかったので、弓道はやるものの試合で成績を残したりしていない。そんなわけで長男の仁史さんが二代目として一身に道場を背負っている。
 満叔父さんと仁史さんと、仁史さんとこの長男の星一くんは、年に一回、弓の神技のためにこのお社にやってくる。一般公開で蟇目の儀や流鏑馬を披露する。それ以外は、東の端の結界を守る拠点として、日々関東平野のはずれで弓を引いている。

 このお社の主祭神は住吉三神。海の神、そして航海の神さまである。もっとも、このポピュラーな神様がうちの神社に統合されたのは瓦解前後の比較的最近の話らしい。その以前は江戸時代の地図を見ると弁天さまと呼ばれていた。水と音楽の神様である。今は住吉さんの脇で、枝社として祀られている。そしてそれ以前、室町ぐらいだとこの小山は霊験あらたかな湧き水として周囲の村人の崇敬を集めていた。その湧き水というのは黒曜が守っていた桂清水。つまり大本のお祭神は黒曜、ということになる。

 そしてその黒曜は、今は不在なのである。

 当代柱の姫のサクヤさんは、結界の要なんだからここでがんばってるだけで十分なんだよ、ときーちゃんや咲さんが再三言い聞かせているにもかかわらず、弓も楽器も、ましてや出かけて結界の綻びを修繕したりできないことに気後れを感じているらしい。殊更に私と、西の端の魔女、紫(ゆかり)さんに気を遣っているような気がする。申し訳なく思ってもらうのも申し訳ないが、当然とすましていられるのも悔しい気がして、女心はややこしい。
 黒曜と宝珠が奪われて結界が破れかけてこの方20年余り、一族郎党てんてこ舞いで大規模工事をしているわけだが、その間にサクヤさんは2回結婚して二児の母。別にサクヤさんの責任などでは全然まったく無いのだが、私も紫さんも独身なのである。いささか僻みたくなるというものである。

 とはいえ、紫さんには極上の彼氏がいるのである。イタリア国籍のルーマニア人でかのウフィツィ美術館のキュレーター。何より35歳男性というのに女性とみまごう美形で、イタリアの街を歩こうものなら左右の伊達男から花を贈られるという。実際のところ、映画スターやモデルも含めて、面食いの私が見てもこれほど均整がとれてしかも繊細な造作の顔の持ち主を見たことがない。しかも、その彼氏、リューカはホタルが見える類の人種なのだ。見えるだけではない。どういうわけか、ホタルに敬われる人徳の持ち主。まさに魔女の恋人としては120点満点なのだ。

 そんなリューカと紫さんは、私たちが南紀に出発する朝の7時に神社にやって来て合流した。紫さんは来るなり、昨夜から離れに泊まっている瑠那の配偶者、佐伯さんの頼んでメールをチェックした。
 この佐伯さんという人が、また一癖も二癖もある御仁である。まず魅月ちゃんを上回る毒舌。リューカやタカちゃんとはまた別の種類の端正な容姿の持ち主。そして天才的に切れる頭脳。
 彼には左腕が無い。仔細は教えてもらってないのだけど、佐伯さんは10年ぐらい前にイタリアで瑠那と出会った。その当時、どうやらどこぞのマフィアの末端で働いていたらしい。そこでとにかく瑠那と出会い、組織を抜け、今度は日本の財政界を裏で操るようなフィクサーに才能を買われて日本にやって来た。左腕は、古巣を脱退する時の置きみやげ、ということらしい。なかなか壮絶というか、不謹慎な言い方をすれば映画のようにドラマティックなお話である。

 そんなわけで、そうそう簡単にハッキングされないような通信方法など朝飯前なのである。
 メールというのは、ヨーロッパの片田舎をうろうろして黒曜を探している、柱の姫の母親葵さんとうちの兄からの連絡である。ついでに葵さんは紫さんの2歳下の妹でもある。本人はまったく自覚が無いが、相当な千里眼持ちなのだ。でも遠見をしている間、トランス状態で自分では解析できない。同行している兄の望(のぞみ)が、まるで水晶球のように葵さんの託宣を読み解いては見当をつけて黒曜の足跡をたどっているのである。
 足跡、というのはつまりさらわれた黒曜はひとところに置いておかれているわけじゃないようなのだ。踏み込んではもぬけの殻、という状況がここ数年続いているらしい。

「一体どういう人が何の必要があって、結界を破って黒曜をさらったのかしら」
 私たちはここ20年余り、推測を繰り返して来た。
 鏡ちゃんの見立ては、どういう背景の集団かはともかく、結界をつぶして竜宮さまに暴れていただきたい人々。つまり人間の世の中をすべてご破算にして、ノアの方舟時代の洪水でも再現する気じゃないか、と言う。

 リューカの推論はちょっと変わっていた。視点が理系というか、さすが最新機器を使って絵画の顔料の元素組成だの調べて真贋判定したり修復したりする専門家だけある。彼はものの動きを元素の流れで見ているのだ。

「”エレメント”って、つまり要素、でっしゃろ?」
 奈良の文化財研究所にしょっちゅう出入りしては機械使ってるせいで、リューカは妙な関西弁を話す。緩やかな細いウェーブを描くプラチナブロンドと青味がかった深い緑色の瞳をもつ美貌とトンチンカンな方言の取り合わせはなかなか味がある。
「真朱(まそお)って水銀硫化物やないですか。黒曜は会うたことないけど、多分、鉛の要素持ったスピリットやと思うんです」
「水銀と鉛」
 私や紫(ゆかり)さんはポカンとしてしまった。そんなこと、考えてみたこともなかった。
「つまり錬金術使てる一味やと思うんです」
「ふん。ヨーロッパはその手の秘密結社、掃いて捨てるほどあるからな」
 佐伯さんがコメントした。魅月と瓜二つの色素の抜けた白い髪に眼光鋭い朱色の双眸。リューカと佐伯さんが並んでいると綺羅綺羅しい眺めである。こんな並外れた美形に頻繁に囲まれていると私の面食いレベルがどんどん上がるばかりで悩ましい。
「それと、ほら、えーと仙人、ちゃうな、仙丹てあるやないですか。不老不死の妙薬」
「ああ。道教も入ってるのか」
「ほうほう。それや。それですよ。身体に毒なもの飲んで作り変えるというヤツ」
 その知識は人文学者の兄貴や葵さんから聞いて、私にもわかる。奈良や平安時代に日本でも大陸由来の道教が流行って宮廷人が鉛だのヒ素だのを練った仙丹を飲んでいたとか。
「ま、そいつらが不老不死を狙ってるかはともかく」
「何かを作り替えたり、生み出したりしたいんやないですか」
「何かって?」
 紫さんはまだ半信半疑だ。
「ほら。地底のスピリッツのパワーを使うて、世界を作り替えるとか」
「人間を一掃するとかな」
 佐伯さんは容赦ない考察をする。私はぞっとした。
「前に紫さん、言うてたやないですか。黒曜と鏡ちゃんは仲いいけど正反対の属性やて」
「ああ。話したことあるかもしれないわね」
「黒曜は水とか氷。鏡ちゃん、つまり真朱は火の属性を持つ妖魔なんでしょ」
「ええ」
「でもどっちも死と再生のカミサマでしょ」
 思いもつかない話の展開が連続して、私も紫さんも頭がついていかない。
「冬に生き物が消えても春また湧いてくる。野火で草木が焼き払われても灰からまた芽が生えてくる」
 佐伯さんは半ば考え込みながらつぶやいた。

 死と再生。

 黒曜と鏡ちゃんをさらった人は、何を殺し、何を再生したいのか。
 リューカと佐伯さんが我々のチームに加わって10年近い。この2人は日本とヨーロッパを行き来しているので、あちらで情報をつかんでは流してくれる。そして有望そうな手がかりを見つけると、葵さんとうちの兄貴が出かけて行く。そんな10年だった。

 そしてこの朝。
 佐伯さんがパソコンを立ち上げ、何かソフトを立ち上げて兄貴とスカイプでつながった。スピーカーを使ってみんなで画面をのぞき込んだ。
「おう。今、どこだ」
「クロアチアのカロ先生の隠れ家だ。午前0時」
 7時間の時差だ。あちらは西なので今日の午前0時、ということになる。
「例の修道院、何か手がかりありました?」
 リューカからの情報で、兄貴たちは修道院の書庫に行っていたはずだ。司書を務める修道者と交渉して禁帯出の古書を見せてもらうのだと言っていた。
「古書に古代の泉信仰の聖地で、中世に錬金術者が秘法を行っていた、という記述があって、それで葵さんとしのび込んだ」

 黒づくめの怪盗のような出で立ちで、2人して夜陰に乗じて崩れかけた聖堂の地下室に下りていったらしい。
「迎え討たれた、というか向こうはこっちのことを知ってて待ち伏せされたって感じだった」
「え、ちょっと、大丈夫だったの」
 紫さんが慌てた声を出した。
「いーちゃんは? 何でそこにいないの?」
 いーちゃんとは、葵さんの愛称である。
「葵さんは」
 兄貴が少し言いよどんで、ちょっとため息をついた。カメラから目をそらしてうなだれている。こんなしょぼくれた兄貴は珍しい。
「ノンちゃん、いーちゃんは? 大丈夫なの?」
 紫さんが問い詰める。
「葵さんは」
 兄貴が言いにくそうに、まだ言葉を選んでいる。

 そこへ着替えを済ませて朝ご飯に下りて来た小学生の白黒コンビが混ざって来た。この2人は朝5時の拝礼を済ませた後、境内のお掃除は免除されて出発まで仮眠をとっていたのだ。
「あ、ノンちゃんだ。お祖母ちゃまは一緒? 元気?」
「あ、ノン太だ。まだ葵さんに手を出してないの?」
 いつもの挨拶をしてから、2人はその場の空気がおかしいことに気付いたようだ。
「え、どうしたの。何かあったの?」

「まだ、よくわからないのよ。詳しいことこれから聞くから、あんた達は先に朝ご飯済ませて顔洗いなさい。洗面所混むでしょ」
「え、でも」
「8時半には出るから。とにかく出かける準備しなさい。わかったら後で話すから」
 紫さんにきっぱり言われて、白黒コンビはしぶしぶ台所に移動した。

「それで。どうなったって?」
 佐伯さんが返事を促す。
「葵さん、は、ええと、寝ている。というか目を覚まさない」
 兄貴はまだ言い淀んでいる。
「え、どういうことなの。どこかケガしたってこと?」
 紫さんが動揺しているのがわかる。
「いや。ケガはない。あれは、どういうんだろう。精神攻撃? みたいなものを受けたんだと思う。俺にはよくわからない。切れ切れにしか見えなかった。何かイメージみたいなの」
「で、でも、碧(みどり)ちゃんも連れてったんでしょう?」
 碧ちゃんは、葵さん付きのホタルである。確か5、600年生きているベテランだ。なのに葵さんにはメガネをかけたそばかすだらけの暗い表情をした13,4の男の子に見えているらしい。兄貴には葵さんに瓜二つで緑色の髪の女の人に見えているそうだ。
「碧ちゃんは、石に戻った。今、葵さんの胸元にかかってる」
「碧ちゃんでも守れなかったってこと?」
 紫さんの声が震えた。私も信じられない。碧ちゃんは、葵さんが生まれた時に桜さんが護衛役に頼んだホタルなのだ。このお社に出入りするホタルの中でも別格に強い力を持っているはずなのに。
「碧ちゃんも、同じ攻撃を被ったんだと思う。それでも散り散りにならずに踏みとどまった。それで、葵さんが気を失ったので葵さんの中に入った。入って、それで葵さんの身体を動かしてくれて、それで何とか逃げてこれた」
 兄貴は鈍感なおかげでもろに影響を受けることもなく、碧ちゃん入りの葵さんを引きずって宿に戻った。意識のない葵さんを電車に乗せてクロアチアまで逃げて、今は葵さんと兄貴の恩師、唐牛教授の別荘に隠れているのだと言う。
「そこは安全なのか?」
 佐伯さんが冷静な声で聞く。この人がこういう声を出すときは頭の中で猛烈に状況分析をしているのだ。
「ここまで追いかけては来ないと思う。あいつらは、というかあいつは、こっちに時間を与えるつもりなんだと、思う」
 兄貴は画面から目を逸らしたまま、考え考え言う。尊敬する唐牛先生をまねているつもりなのか肩につく長髪をひとつに結んだ、その後頭部を左手で掴んで、左腕で守るように頭を抱えている。相当まいった時のポーズだ。
「あいつって見たんどすか。どんなお人でした」
 リューカが聞く。
「子供、だった。15、6という感じに見えた。少年、なのかな。ちょっと中性的というか、声変わり前の高い声で、ヤケに甲高く響く声でさ、それで」
「洗脳されたってわけか」
 佐伯さんが結論づける。
「洗脳」
 紫さんがショックを受けたように繰り返す。
「洗脳というか、説得というか。自分たちにこそ理がある、みたいな」
「どういうこと」
「だから。俺にはよく見えなかったんだよ。とにかく葵さんの身体を日本に持って帰る。碧ちゃんから聞いてくれ」
 珍しい。兄貴がイラだったような話し方をしている。こんなところ、初めて見た。いつも飄々と私や瑠那の兄貴分をやってるくせに。
「意識が無いって、それでいーちゃんの身体は? 水分とか、摂れてるの? ご飯は? おトイレは?」
 紫さんが問いただす。
「うん。フロとかトイレとかは大丈夫。昨日は冷え切ってたんで、バスタブにお湯張って葵さんごとけっこう長いこと浸かってた。あいつもバテてたんで」
「でも碧ちゃん、お肉食べないでしょ」
「うん。でもひき肉とか魚とかは大丈夫らしいんで、コンソメスープとかかつおだしの雑炊とかちょっとずつ食べさせている。ただ葵さんの意識は、眠ったままだ。多分、夢を見てるような状態なんだと思う」
 ここまで言うと、兄貴は長い溜息をついて目を閉じた。左腕で頭を抱えたまま天井を仰いでいる。これは相当にバテている。
「望さん、えらいしんどそうですな。寝てはりますか?」
「あ、うん。俺は大丈夫。カロ先生の奥さんもリュブヤナにいたんで駆けつけてくれて、交替で見診てくれてるんだ。医者はちょっと貧血気味だけど健康に問題ないって言ってる」
「そうなの」
 紫さんはちょっと安心したようだ。
 
 小学生コンビに朝ご飯を食べさせたサクヤさんと咲(えみ)さん、車に荷物を積んでいたきーちゃんも加わって、モニターの前で方針を話し合った。
「とりあえず。脱水症状や栄養失調の心配が無いなら、もう数日そこにいるべきだわ。今お社に帰って来ても、ここは乱れているから葵ちゃんに良くない。まずは南紀を修繕しないと」
 咲さんがきっぱりと決断を下した。
「これからすぐ南紀に行くんだ。都やりゅー坊も連れてく。2、3日で肩がつくと思う。のん太、もうちょっとそっちで粘れ」
 きーちゃんが励ます。
「のんちゃん。のんちゃんが一緒にいてくれて、ホントに良かった。お母さんをお願いね」
 サクヤさんがモニターに向かって頭を下げている。母親の容態に動揺はしているのだろうが、声は落ち着いて見える。
「俺、葵さんとこ行く。クロアチア行く」
 トンちゃんの方は動揺しているようだ。上ずった声を出す。
「何言ってるの。トンちゃんはここでサクヤについててもらわないと。ここが起点でしょ。ここがしっかりしてないと、南紀を補正する基準がぐらつくじゃないの」
「でも。葵さんが」
 トンちゃんが言い募る。この子は昔から、葵さんの体調に敏感だった。本人が無頓着なだけに、サクヤさんと一緒に葵さんの面倒を見ているつもりなのだ。
「鳶ノ介」
 咲さんが叱りつけるように大きな声を出した。
「あなたは、ここにいなさい。南紀を直さないと、葵ちゃんが帰って来れない」
「トンすけ。当てにしてる。がんばれよ、長男坊」
 いつの間にか兄貴がモニターに向き直っている。動揺しているトンちゃんを見て、かえって落ち着いたのだろう。兄貴モードが復活したようだ。
「私が行くわ」
 紫さんがきっぱり言った。
「リューカと都ちゃんがいれば、南紀は大丈夫でしょう。鏡ちゃんもいるし」
「ま、一応俺もいるしな」
 きーちゃんが付け加える。
「私も。お祖母ちゃまのためにがんばる」
 台所からこっそり話を聞いていたらしい桐花が申し出る。
「パパーは私らに情報流してくれるんでしょ」
 魅月は相変わらずクールな声で父親に要請している。
「まあな。葵さんにはお世話になってるからな」
「私はトンすけをドヤしつける係り、ってとこね」
 日頃トンちゃんのおむつを替えてやったとイジメている瑠那は努めて明るい声を出す。彼女は11歳でここに引き取られてから、葵さんに育ててもらったようなものなのだ。
「のん太、義母さんを頼むわよ。情けない声出してる暇ないでしょ。あんた、私の義父親になるつもりなんでしょ」
 瑠那の檄に、私はショックを受けた。え? 兄貴が? 葵さんを? だって葵さんって、あれ、いくつだっけ。確か私の母親と同じ年じゃなかったっけ。兄貴、6歳でここでタカちゃんに会ったっていってたから、つまり葵さんにも6歳で会ったってことよね。あれ。その時、葵さんいくつ? 23歳? 大学院を休学してサクヤさんの面倒見てた時? いつの間にそんなことになったの? というか知らなかったの、私だけ?

 私はすっかり混乱してしまったが、他の面々は動揺していない。冗談だったのかも。いや、そういう雰囲気でもない。え、本当なの? 兄貴も別に焦ったり照れたりしてる風じゃない。どういうことなの。何だか、葵さんが大変な状態なのに、何もかも吹っ飛ぶような衝撃だ。

「じゃあ、紫ちゃんはクロアチア。トンちゃんはここ。私もここにいる。後は予定通り南紀に出発。これから正念場よ」
 咲さんが号令を出す。トンちゃんはすっかり今日は高校休むつもりみたいだ。自分でさっさと学校に電話している。牧野先生に事情を話して、うまく担任の先生に伝えてもらうよう頼んでいる。瑠那はあわただしく出勤の準備を始めた。サクヤさんもそろそろ社務所を開ける用意をしないといけない。
 そうだった。今日は平日だった。きーちゃんは、今年学年主任押し付けられた代わりに担任ないから、とか言って年休もぎ取ったとして。あれ、そう言えば小学生コンビは? 学校休みなの?
 でもとにかく。兄貴はいつの間にそういうことになったの。新さん亡くなって、葵さん20年以上未亡人だけど。でもでも。えええええ。どういうこと。

 まだ混乱している私を、小学生コンビがミニバンに押し込んだ。
「これ。昨日蒸かした芋饅頭。車の中で食べ。でもお菓子ばっかり食べたらあかんよ。騒いでおとさん、困らせないようにね」
 サクヤさんはいつもの調子で子供らの世話をやいている。
「おこづかい。サービスエリアなんかで要らんもの買わないのよ。南紀でおみやげ買いたくても、今度はお祖母ちゃん、一緒じゃないんだからね。お父ちゃんにせびらないのよ」
 咲さんも孫たちに念を押す。
「お袋もサクヤも。そんぐらいにしとけ。そら出発するぞ。お袋、うち頼む。サクヤは無理しないで寝てろ。禰宜さんの出張頼んだから、社務所は任せたらいいから。いいな?」
「はいはい。トンちゃんにもわあわあ言われるから。大人にしてます」
 この2人は結婚9年と思えないほど仲がいい。毎度当てられる。紫ちゃんはリューカにお見送りのキスをしている。こっちはこっちでさすがにヨーロッパスタイルで当てられる。
 それはともかく。今は兄貴よ。私の知らない間に。
 ”都。落ち着け。黒雲が出て来た。道中荒れるぞ”
 ドンちゃんにたしなめられた。
 ”葵は碧がいるから大丈夫だ。心配するな”
 いや、もちろん葵さんも心配だけれども。今は兄貴よ。そんな野望持ってる兄貴がついてて、葵さんは安全なの? 寝てるところを襲ったりしないでしょうね。

 ああ。でも確かに空が暗くなって来ちゃった。落ち着かなきゃ。深呼吸深呼吸。ああでも。
 混乱している私を乗せて、ミニバンは出発した。そうだ、とにかく南紀を直さないと。そしたら兄貴を葵さんが帰ってくる。それから問い詰めたらいい。でもホント、どういうこと。

 私はもう一度、深呼吸した。
「鏡ちゃん。お薄ちょうだい。それと芋饅頭も」
 まずは血糖値上げよう。今から正念場だ。
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あかねれー 『リカバリー70%』 ありしん
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エイロネイア編 らーじー 『風を悼み』 『禊の苑で』 『重なる月に寄せて(その1)』
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かしるな 『奈落の花』  EPISODE1  EPISODE2  EPISODE3  EPISODE FIN 『Trikstar』 『モノクロのキス』 Side:L 『GLORIA』    EPISODE Final 『TRANSMIGRATION』
あかねれー 『Never more』  Ⅰ.undelete 『I'll be there』   final 『FRIENDS』     『mezzo forte』     『赤い涙』     『too late? …』  Side:R   Side:A  Final!
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