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《賢者の石対策本部:みんなで幸せになろうよ》

谷地田ヴァルゥと、梧香月さん、日和小春さんの合作世界です。 原作で不遇なヤツ、不憫なヤツ、”双子の月が廻る世界”でみんな幸せになろう。

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南のほの暗い森で(その4)


 これは何という色だろう。何という光。私が今見ているのは、何が発しているエネルギーなのだろう。

 中学校の理科の時間に色の原理を習った。赤い光は赤く見える波長の光。でも赤く見える物体は、赤の補色の青緑の光を吸収している。私たちには青緑を除いた波長の光が届いて赤く見えるだけなのだ。
 ではドンちゃんの青緑の髪は? 赤い色を吸収しているの? だからドンちゃんは赤い焔をまとった鏡ちゃんに懐いているのかしら。青い光は赤い光よりエネルギーが強いのだと習った。でも赤い光は深く遠くまで届く。だから鏡ちゃんは地下深くに守られた赤い石の精霊なのかしら。私の金と銀の髪は? 金の補色は何色なの? 私の髪はどんなエネルギーの光を吸収しているの?


その光の帯に包まれて、私は言葉が出てこなかった。聖堂のような静謐な空間。メイさんの工房の高い天井から様々な色に染められた布が下げられて、明り取りの窓から降り注ぐ西に傾いた金色の日の光を透かしていた。光の粒子が見える。私は布を吊り下げた高い天井を見上げて、圧倒されてただぐるぐるとエネルギーと波長について理科の知識を復習していた。色とりどりの布を通した光が私の周りで溶け合って温かい白になる。ここにすべてがある。ここにひとつの世界がある。涙がこぼれそうになった。

「毎度のことながら、何というかすごいな。メイさんの作品は」
「な、すごいですやろ。毎晩寝ずに織って染めてを繰り返しとおんや。それこそ取り憑かれたみたいに」
「ただ平坦な布地でこれだけ迫力あるって、うん、やっぱりすごい。あかんな。俺、一応国語の先生やっとるのに、こんな語彙力じゃ落第や」

 きーちゃんと、不動滝の住職さんが作品の間をゆっくり歩きながら話している。

「すごいって、ええ誉め言葉やな。麒治郎さん、ありがとう。ほやけど、文才はやっぱり本職ライターの都ちゃんに負けるみたいやね」
 メイさんがいい香りのするお茶をトレイに載せて工房に入って来た。編んでも腰まで届くまっすぐな髪は、彼女が作った布の群れを透かした光と同じ。白く輝いている。
「はは。ライター2年生でも餅は餅屋やな」
 住職さんがお茶を配りながら笑った。
「都ちゃん、ようおこし。都ちゃんが去年書いてくれた記事のおかげで、工房に問い合わせがぽつぽつ来るようになってな。今度、秋に奈良のギャラリーで小さいけど個展やることになったんよ」
「個展! すごい! おめでとうございます!」
 メイさんはにっこり笑った。その綺麗な笑顔はとても87歳に見えない。近くでまじまじと見つめても年齢不詳だ。
「おおきに。都ちゃんのおかげや、ほんまに。個展やら初めてでびっくりすることばっかりやけど、やっぱり嬉しいもんやね」
「でもメイさん、大丈夫なんか。そんな人目につくとこ来て」
 きーちゃんが心配する。年齢不詳のミステリアスな織物作家、というイメージで売るにしても、都市で個展となれば露出は避けられない。
「うふふ、大丈夫や。影武者頼んださけ」
「影武者」
「メイさんの頼みやもん。よう断れへんやん。やけど、何着ていこ。何話したらええんか、もう頭真っ白や」
 工房の助手の梓さんが、甘夏のゼリーを入れたガラスの器をテーブルに並べた。いい香りだ。
「ひゃかいうちにおあがり。これもメイさんがこしらえたんやさけ」
 梓さんはふっくらした色白の頬に、ピンクゴールドの細い縁の老眼鏡をかけたふんわりした人柄がそのまま現れた笑顔を見せる。とても波乱万丈な人生を送った女性に見えない。10年ほど前、嫁ぎ先でつらい目に遭って身体を壊した挙句、離婚して子供の親権も取られてボロボロでここに帰って来たそうだ。傷ついた心にこの布たちの光がどんなに染みたことだろう。
「個展までにこの布でいくつか服作ったらええやん。梓さんには何色がええかな。案外、こういうキリッとした花藍が似合うんやない」
「あれ。こら、痩せて見えそうや。おつむも良う見えるんとちゃうかな」
 2人の女がけろけろ笑う。

 メイさんの本名はメズという。生まれた時から真っ白な髪。時々、真っ赤に見える明るい茶色の目。その特異な風貌のせいで、5歳まで閉じ込められて育ったそうだ。それを、この不動滝の先々代の住職夫婦が引き取った。小学校に入ったものの、成長が遅くて12歳になってもいつまでも5,6歳にしか見えなかった。中学校に入った途端に今度は1年で身長が30センチも伸びて、大人のような姿形になってしまった。
 メズとは牛頭馬頭の馬の方。地獄の獄卒の名前である。寺の養女になった時に、”メイ子”と改名した。それでも小さな集落のことだ。実の祖父母に厭われてつけられたこの酷い名前をいつまでも覚えていて、ぶつけてくる年寄りがいる。この辺りは坂上田村麻呂に蹴散らされた鬼の残党が逃げ込んだという伝承がある土地なのだ。
 ”鬼の血が出た”
 メイさんの母親が不義を疑われ、一方的に離縁されたそうだ。メイさん自身は寺に来る前の記憶があまりない。それでもお節介な村の衆があれこれ吹き込んでくれた。戦後で混血児や外国人に対する偏見が強かった時代でもある。誰もメイさんと一緒になろうという男は現れなかった。先代も今のご住職も養子である。

 メイさんの風貌は、鬼の血ではない。銀の髪、金の瞳の姫の血筋だからだ。3人の妹姫の末っこの末裔。紀伊半島の中央を走る亀裂を鎮め水銀朱を求めて、都から南下した親族が熊野や伊勢志摩に散らばった。時々そのご先祖の血が濃く出る子供がいるのだ。メイさんの場合、私やタカちゃんのように地震や嵐を呼ぶわけではない。ただ、数年に一度昏睡状態になるだけだ。そしてその度に時間が止まったり、急に進んだりする。
「寝てる間、竜宮城で遊んでるんやと思うわ。目が覚めた時、あまり覚えてないんやけど、ただすごく綺麗で幸せな夢を見てる感じやのは覚えとる。玉手箱開けた覚えは無いんやけどな」
 メイさんが話してくれたことがある。
「この人生は、竜宮城で遊んだツケなんちゃうかな」
 そうつぶやくように言った横顔がとても綺麗だった。
「次に竜宮城行ったら、もう戻って来られへんかもしらん」

 自分自身の子供はいないけれど、メイさんは先代と当代の住職を育て、寺を守った。その傍ら、桑を育て、蚕を飼い、糸を紡いで草木で染めて、布を織った。その手仕事の中に何を吐き出していたんだろう。ひとりでひっそり続けて来た工房に、助手として梓さんを迎え、今では月1回ずつ梓さんは名古屋と大阪で織物教室を開いている。
「作品もお弟子さん達も、あがらの子供やっしょ」
 2人の子供の無い女性が、日々、このエネルギーに満ちた光を生み出している。

「リューカさんにも御礼言わんとあかんなあ。あんなええ写真撮ってもろて」
 去年の秋、私が書いた記事を飾ってくれたのはリューカの写真だった。布の織りなす光と影。工房のこの空気を見事に捉えていた。出版社には、メイさんと梓さんの織物とともに、カメラマンについても問い合わせが相次いだものだ。うちの雑誌の観光ルポに度々現れる年齢不詳性別不明な美人が撮影者であることはマル秘だった。
「一緒に来てるんですけど、ドンちゃんがへばっているのでついててもらってるんです」
「ほやの。残念やわ。用事済んだら、絶対また寄ってや」
「はい」
「ほやけど、今回の用事は何なん」
「まだ、ようわからんのです」
 きーちゃんがため息をつく。
「ドンちゃんも鏡ちゃんもへばるぐらい、何かえらいことあんのやろ」
「おかはん、言うてらでしょ。水が何か変やって」
 住職がメイさんに聞く。
「ほにほに。何やこう、ちゃうのよ。なあ、梓さん」
「ほやほや。うまいこと言えんけど、何やこう、ちゃうんです」

 先週ぐらいから、同じ染料、同じ水を使っても糸の発色が違うらしい。2人は絹糸を持って来て見せてくれた。どちらも乾燥させた3年もののアカネの根を砕いたもので染めたのだが、1枚は鮮やかな赤。もう1枚はくすんだ茶色だった。
「どっちも同じ袋から出したアカネなんよ。よう混ぜたあるからおんなじはずや」
「先週は煮出した汁に漬けていっぺんでこの赤や。そやのに、おとついは3回漬けてもこれや」
「水質が変わったってこと?」
「お茶の味も何やこう、ちゃうしな」
「ちゃうちゃう」

 鏡ちゃんがこめかみを押さえながら言った言葉を思い出した。
”時間が止まっている。水脈が麻痺している”

 考え込んでいると、柔らかいものが肩を包んだ。
「都ちゃん。これ、持っていき。薄いけどぬくいさけ。詰んだ目えで織っちゃあから山道でもひっかからんし」
「でも、これ、絹でしょ。そんな、勿体無いです」
「何言いよんの。きつかいない。これは鏡ちゃん、こっちは桐ちゃん、ほいでこれがみっちゃん」
 メイさんが、朱色、薄紫、光沢のあるパールグレーの長方形のストールを並べた。私には桐花のより少し青みの強い紫。
「都忘れの色。それとドンちゃんの髪の色や」
 メイさんにはドンちゃんはどんな姿に見えてるんだろう。

「さっちゃん達の分も用意するさか、帰りに寄ってや。ドンちゃんにも会いたいし」 
「ええ。必ず」
「気いつけえよ。都ちゃん、去年もやにこいことしちゃあし」
 私は赤面した。去年は気張って雷呼んでしまったのだ。
「これ、持っとき。宿でおあがり」
 梓さんと住職さんと3人がかりで柑橘類いろいろ、おやつにサキイカ、お酒いろいろ待たせてくれた。
「車で来れば良かったな」
 きーちゃんが笑う。咲(えみ)さんのおみやげを全部出して空になったクーラーバッグに、ぎゅうぎゅうに詰め込んだ。

 寺からかなり遠く離れても振り返ると、梓さんとメイさんが手を振っていた。
 もし、結界が解けたら。メイさんの時間はどうなるんだろう。きさちゃんは? 
 ドンちゃんは竜宮に帰ってしまうのだろうか。
 お役目が解けて、それでも私たちにホタルは見えるんだろうか。

 ぽろっと涙がこぼれ落ちて自分でもびっくりした。慌てて、ストールで顔を隠して、これをメイさんからもらったことを思い出してまたぽろぽろ涙がこぼれてしまった。
 西に来ると涙腺の調子が狂ってしまう。

「何とかせんとなあ」
 きーちゃんは、私がべそかいてるのを気づいているのかいないのか。夕焼けの鮮やかな空を見上げて、ぽつんと言う。
「水がおかしいままやと、メイさんら、個展に出すもんもよう作れんやろ」
「うん」
「どんべえも祖母ちゃんも伸びてるし、俺らががんばらんとな。葵さんが寝たままなんも困るし」
「うん」
「ま、その前に温泉と夕飯や」
「うん」

 そうだ。がんばらないと。ごちゃごちゃ考えるのは後でいい。今は私に出来ることをするだけだ。

「夕飯、マグロと牛の御膳らしいぞ」
「うん」

 どうやら、きーちゃんは食べ物の話をしたら私が元気になると思っているらしい。まあ、効果はある。何だかお腹がすいて来た。

「ほれ」
 きーちゃんが私の口に何か放り込んだ。甘い。
「何これ」
「おっさん(お坊さん)が持たしてくれた黒飴。ここの名物や」
 そう言いながら自分もひとつ口に入れる。
「ご飯前なのに」
「かまへん。宿までまだだいぶ歩くんやし」
「うん」

 口の中でじんわり濃い甘みが広がった。甘い。でも甘みだけじゃない、いろんな味がする。こういうの、滋味というのだろうか。
 西の空の残照の中に金星が光っている。見上げると東南のちょっと高いところに木星と火星。西南にスピカとアルクトゥールス。この星たちには、1000年もおとついも変わらないんだろうな。竜宮さまにとっても。右往左往して泣いたり笑ったり忙しないのは人間だけだ。それでも私たちは幸せになりたい。
 だから今出来ることをしよう。なるようになるし、なるようにしかならない。ケセラセラ、だ。

 きーちゃんのポケットでケータイが鳴った。ディズニーの”星に願いを”のメロディ。
「桐からだ」
 ケータイを開く前に言い当てるところを見ると、着信音を設定してあるのだろう。
「目、覚ましたらしいな。おみやげ屋見に行っていいか、聞いて来た」
 大きな手でポチポチ娘に返信を打つきーちゃんを見ていると、何だか笑えて来て仕方ない。
「ね、サクヤさんのは何」
「へ? 何の話や?」
「ケータイの着信音」
 きーちゃんが赤くなった。
「何もない」
「ウソ。教えてよ」
「知らん」

 早足で先に行こうとする。後で桐ちゃんとみっちゃんに聞いてみよう。何だろう。桜さんの旦那さんの光(みつる)さんから始まって、住吉の面々はジャズファンだ。亡くなった新さんはプロのジャズピアニストだったし、禰宜の山本さんはベース、きーちゃんはドラム。トンちゃんは山本さんに習って、背伸びしながらベースの練習をしている。だからジャズに違いない。マイ・ファニー・バレンタインかな。ワルツ・フォー・デビーかな。それともムーン・リバー。

 あの頃、ケータイなんか持ってなかったけど。でももし持っていたら。もし、タカちゃんからの着信を知らせる曲をひとつ選ぶなら。
 フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーンがいいな。私を月に連れてって。

 私を月に連れてって。星たちの間で遊んでみたいの。木星や火星の春がどんなだか見せて。
 あなたはずっと私の憧れ。こんなに憧れ慕うのはあなただけ。お願い、消えないで。
 
 つまり、あなたを愛してるの。あなたはきっと、私のことわかってくれる。
 お願い、消えないで。


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目次(ヴァル)
「姫おり」過去編
織姫のお仕事
     4.0
   4.1 4.2

カルミノ編 1日目 『桜降る夜の森に』 2日目  『雷鳴の封印』  『拾い子』  『森の中の星空』 3日目  『再生の呪文』  『春日なる』 4日目 祝宴 お茶会  『おすそわけ』  
イドラ編 あかねるーver.  『茜さす』  『玉章の』  『ぬばたまの』  『真菰刈る』  『吾ぎ妹子の』  『シュアラの休日』  『天雲の』
いずみるーver. 『夢一夜』   『はじめの一歩』 外々? 『グレイの冬空』 『リィンの探検記』 『舞初め』 『忍ぶれど』 『色出でにけり』 『未遂』 『Fly me to the twine moon(その1)』 『ラプソディー(その1)』
すおみろい  『Baby Morning, Baby Night』  『Be Ambitious, Boys!』  『標野行き』 『Calling』   (上) (下) (おまけ) 『玉響詞(タマユラノウタ)』   『Honey suger hummingbird』 『すみれ色の指輪』 ぱーるる 『しろたえの』 『Agnus Dei』 『Sanctus』 『Kyrie eleison』 『夜の瞳』 『狼の宅急便』
3つ子&小町ズ&あるびー 『山笑う』 『魂100まで』  『明日に架ける橋』 『疳の虫 虫の知らせ』 『鈴猫』 『鬼灯(カガチ)』
あかねれー 『リカバリー70%』 ありしん
シュアラ編
エイロネイア編 らーじー 『風を悼み』 『禊の苑で』 『重なる月に寄せて(その1)』
目次(香月)
「姫おり」過去編
嘆キノ森シリーズ
『嘆キノ森』
 正面左右背後
 出口1
『嘆キノ森-PSI-missing-』
     

カルミノ編 前夜祭 『Happily Ever After』01 1日目 『Happily Ever After』02 『Happily Ever After』03 『Happily Ever After』04 『Happily Ever After』05 2日目 『Happily Ever After』06 『Happily Ever After』07 3日目 4日目 祝宴 お茶会  『romanesque』
イドラ編 あかねるーver.  『flying』  『アイルキスユー』  『輪舞-revolution-』

かしるな 『奈落の花』  EPISODE1  EPISODE2  EPISODE3  EPISODE FIN 『Trikstar』 『モノクロのキス』 Side:L 『GLORIA』    EPISODE Final 『TRANSMIGRATION』
あかねれー 『Never more』  Ⅰ.undelete 『I'll be there』   final 『FRIENDS』     『mezzo forte』     『赤い涙』     『too late? …』  Side:R   Side:A  Final!
ありしん 『瑠璃の鳥』    
シュアラ編 『Front breaking』 『Dell'oscurità per brillare』 『End symptom』 【露癒の祀】 拾壱>拾弐
エイロネイア編  『daily workⅠ』 『覚醒ヒロイズム』 EPISODE1 EPISODE2
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