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《賢者の石対策本部:みんなで幸せになろうよ》

谷地田ヴァルゥと、梧香月さん、日和小春さんの合作世界です。 原作で不遇なヤツ、不憫なヤツ、”双子の月が廻る世界”でみんな幸せになろう。

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南のほの暗い森で(その6)


 石段は険しかった。杉の古木と下生えの照葉樹から清々しい香りが漂ってくる。それと同時に湿った土の生臭い匂いも満ちていた。時々梢の間から見える空ももうとっぷり暮れてしまった。両側を大木に囲まれた細道より、空の方がずっと明るい。それでも石段のひとつひとつ、石の間に生える草までくっきりと見えていた。私を包む空気の中の水蒸気が青白く光っているんじゃないか、とぼんやり考えながら登り続けた。日中ずっと山歩きして夕食も食べていない。くたくたのはずなのに、なぜか疲れを感じなかった。
自分は呼ばれている。今ははっきり感じる。耳の後ろが痺れるような、頭頂が熱くなるような、妙なトランス状態にあった。耳鳴りとは違う。でも何か聞こえる。リーンと鈴のような清冽な音。途切れとぎれに聞こえる金属的なその音が私を招いていた。
 石段の天辺まで上がったが、そこは単なる尾根道でその先はほとんど崖と言ってよい急な細道が渓谷へと下りている。それまで遠くに聞こえていた渓流の水の音が急に大きくなって、冷たい空気が頬に当たった。ぶるっと身震いして、首に巻いたメイさんのショールをぎゅっと掴む。胸元から少し引っ張り出してあごのすぐ下まで覆われるようにショールを直した。ドンちゃんがまだ何か言ってる気がしたが、渓流の音で聞こえない。渓谷の上は空がひらけて明るかった。その夜空から足元に目を落とすと一段と暗く見える。笹の茂みの間からむっと獣の匂いがする。テンかな。いや、これはタヌキだ。
 渓谷を下りる道は石段でなく、木の階段になっていて一層滑りやすい。トレッキングシューズを履いて来て良かった。谷の内側は杉ではなく、コナラやカエデのような広葉樹になっていた。秋にはさぞかし紅葉が綺麗だろう。去年の朽ちかけた落ち葉が湿った板をさらに滑りやすくしている。きーちゃんが、ここに白黒コンビを連れてこないといいけど。

 渓流まで降りると、もう板は無く、水面から1メートル足らずのところに鉄の手すりが巡らせてある。参拝者のために整備されていたのだろう。岩盤の下を60センチほどのコンクリートの遊歩道が出来ていた。だがところどころに大きな亀裂が走っていて、岩から岩に飛ばないといけない。足を滑らせれば途端に激流に流される。さっきとはまた違う動物の匂いが漂って来る。それに渓流とは違う水音。滝だ。岩窟があるに違いない。これはコウモリのコロニーに積もった糞の匂いだ。動物好きの桐ちゃんは喜ぶだろうな。明日、昼間に連れて来てあげよう。そんなのんきなことを頭の片隅で考えつつ、目は崩れかけた参道の先、夜目に一層黒々とそびえるえぐれた岩肌を見つめていた。渓流にせり出した木のお堂。清水の舞台を思い出す。お堂は岩窟の奥に滴り落ちる小さな滝を囲むように作られていた。舞台に上がるかしいだ木のハシゴが見える。青白い光は、そのお堂で一層強くなっている。いや、ここが光の中心だ。リーンリーンという鈴の音も。お堂に続く渓流沿いの道にも、細く青白い光がこぼれている。
 寒い。ゴアテックスのパーカーのジップを襟元まで上げる。滝の水しぶきがここまで漂って来るので、フードをかぶった。髪が濡れたら体温を奪われる。濡れた岩をつなぐ道を慎重に進む。とうとう、お堂の真下まで来てしまった。
 ハシゴを登るのは、さすがの私も30秒ぐらいためらった。ここできーちゃんを待つべきなんだろうな。でもこうしている間に、この光が消えてしまうかもしれない。そうしたら手がかりが見失ってしまう。どうせ後で怒られるなら、とことん行ってしまっても同じだ。

 ハシゴは途中で一段折れていたものの、意外と頑丈でスムーズにお堂の舞台に上がれた。舞台の端に、滝の水を受けるブリキの水盤が置いてあって、柄杓もいくつか掛けてある。参拝者がここで水を汲んだり飲んだりするのだろう。お堂の前には”清水観音”と達筆な字で書いたいびつな形の板がかけてある。ヒノキの古木を輪切りにしたものらしい。墨の色がまだ鮮やかなのは濡れているせいか、ここ10年ぐらいで掛け換えたのか。かなり大きな賽銭箱の左右にカップのお酒やお菓子が供えてある。お菓子は鳥か獣に食い荒らされていた。お堂の両脇に五色のリボンが下がっている。奉納された幟もリボンも滝の飛沫のせいか色褪せているが、お堂がしっかりした造りの立派なものだ。内部は三畳ぐらいありそうだ。
 そこまで見て取った時、お堂の内部から”ひっ”というような声がした。ミシという木の軋む音。人の気配だ。
「どなたか、いらっしゃるんですか」
 お堂の木段の手前から中に声をかけてみた。
 もう一度、”ひっ”という声。男とも女ともつかない。でも怯えている様子が伝わって来る。
「怪しいものじゃありません。何か、手伝えるかと思ってここまで来ました」
 怪しいものじゃない、という人間はだいたい怪しいけどな、と考えながら、それでもできるだけ誠実に聞こえる口調で呼びかける。
「くっ、来るな。入るな。誰も入って来るな」
 若い男性の声だ。すぐにパニックに落ちそうな不安定な声。だが正気なのは間違いない。光っているのは、この声の主ではない。この状況について、冷静な説明を期待しても無理だろう。説得も難しいだろう。こちらの方が専門家だ。
 お堂に手をしばし手を合わせてから、ズカズカと拝殿の木段を上がってためらわずお堂の戸を開け放った。

 中は光の洪水。そしてリーンリーンという音。しばらく目がくらみ、耳が痺れて戸口で立ちすくんでしまった。
 お堂の隅で若い男の人がへたり込んでいて、私が踏み込んだ瞬間、また”ひっ”と声を出した。
「で、出て行ってくれ。あんた、誰だ」
 細縁のメガネに少し伸びた七三分けの髪。真面目そうな線の細い青年だ。
「あんた、村の人間じゃないな。寺から来たのか? 本家からか?」
 こちらに詰問するというより、ブツブツと質問をつぶやき、私が何者か推測しようとしている感じだ。
「私は、神奈川の方から来ました。ええと。こういうことの専門家です。つまり、こういうことに慣れてるんです」
 我ながら胡散臭いなあと思う。でも陰陽師とかいう職業じゃないし、山寺で修行したけど得度を受けたわけじゃないし、まあ、怪しい魔女見習いである。それでもできることはある。

 光の中心は水面だった。狭いお堂のひと隅が、木の床が消え、壁が消え、別の空間に続いている。光り輝く水の中に、女の人が眠っている。入院患者が着るような、薄手の浴衣一枚だ。長い銀色の髪が彼女の身体の周りに海藻のように渦巻いて漂っている。

「なぜ、こんな状態に?」
 青年はまた、”ひっ”というような声を出した。
「ぼ、僕は知らない。ここに連れて来て、そしたら急に」
「いつから?」
「わ、わからない。昨日か。一昨日か。ここに来て、そしたらこんな」
 動揺して今日が何日かもわからないような様子だ。青年は両目の下が落ち窪んで頬がこけている。二日ぐらい何も食べず、寝ていないような外見だ。
「どうしてここに?」
「だ、だって誰も来ない。見つからないと思った」
「誰かに追われてたんですか?」
 青年は周囲をきょときょと見回したり、こちらを伺ったり、落ち着かない様子だ。
「あ、あんたひとり? あんた、村に頼まれて来たんじゃないのか?」
「私は、村の人も、さっきあなたが言ってた本家の人も、知りません。仲間はいます。でも私たちがあなたを探していたのは別の理由です」
「澪を殺しに来たのか?」
「私は誰も殺したりしません。私の仲間もそうです。助けたい。いえ、助けて欲しいんです」
「助ける……?」
「なぜ、追われてたんですか?」
 青年は、まだきょときょとしたり、外を伺う様子をしていたが、もう自分には手に負えないと思ったのか、ふいに肩を落として大きくため息をつくと話し始めた。

「澪が鬼だったからだ。鬼の子を産もうとしている、と言われて、病院にあいつらが押し寄せて来て」
「あなたは、澪さんのご主人?」
「うん。幼馴染で、働き出してすぐ結婚して、澪は普通のコだ。髪もあんなじゃなかった。でも去年妊娠して」
「去年?」
「去年の秋?」
「地震の頃に」
「あっ」

 去年の秋、ここらは大雨で地盤がゆるんでいたところに地震があって、土砂崩れであちこちにずいぶんな被害が出たのだ。住吉では石段が上から下まで大きな亀裂が入った。あの後、結界の修復が大変だった。

「妊娠したら、澪の髪が急にあんな色になって。目の色も変で。しょっしゅう地鳴りや雷が来るようになって」
 母は私を妊娠している間、感覚が丸っきり変わっていたと言っていた。母の外見も違ってしまったので、その間、司書の仕事を休んだらしい。山鳴りや地鳴りが頻発して、母は安定期を待って西に飛んだ。咲(えみ)さんや葵さんや紫(ゆかり)さんに囲まれて、私は住吉で生まれたのだ。生まれた時、ちょうど浅間山が噴火した、と後で聞いた。
「澪は実家に逃げて、実家の近くの病院で産もうとした。でもまた地震が起こって、変な光が見えて、澪の両親も怖がり出して、そしたら、澪の大叔母とかいう人が、”鬼の血が出た”とか言い始めて」
 恐怖に駆られた人々に追われ、鬼を渡せという妙な白装束の連中に澪さんを攫われそうになり、陣痛の始まった澪さんを連れて子供の頃来たことのあったこのお堂まで逃げて来た。
「でももうダメだ。僕には無理だ。陣痛がひどくなって、グラグラ揺れて、変な音も変な光も、もう何もかも、もうたくさんだ」
 青年ーー中川さんは、頭を抱えて床にかがみ込んだ。
「僕では澪を助けられない。あんた、どうにかできるなら、もう澪を連れていってくれ。僕はもう無理だ」
 お堂の中に彼の嗚咽が響いた。
「陣痛が来ていたって……赤ちゃんは?」
 お堂の中にいない。澪さんが抱いているようでもない。
「赤ん坊は……澪の中だ。引っ込んじまった。陣痛が止まって、光り始めて、床が溶けたみたいに透明になって」
 今、澪さんは静かに眠っているように見える。お腹はぺたんこだ。赤ん坊がいるように見えない。

「あなたを取り返して来たの」
 母が話してくれたことがある。
「あなたが生まれた時、あなたは竜宮さまに攫われたの」
「どうやって? どうやって取り返したの?」
「竜宮に下りていってお願いしたの」

 例えだと思っていた。この赤ちゃんは今、竜宮にいる。このお堂のひと隅は今、竜宮と繋がっている。そのためにここの時空が歪んでいるのだ。
 
 竜宮に下りていって、取り返す。
 赤ちゃんは今、澪さんを通じて竜宮と繋がっている。2人をこっちに取り戻さないと。

 今度は私の番だ。私は恵まれていた。両親にも兄弟にも叔父叔母、従兄弟達にも優しく迎えられていた。それはすごく貴重なことなのだ。でもこの赤ちゃんは。 
 
 青年はまだひっひっと泣いていた。
「お父さん、しっかりしてください」
 子供のように首をいやいやしている。体力も気力も限界なのだ。
「私が取り戻して来ます」
 私はきっぱり宣言した。

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