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《賢者の石対策本部:みんなで幸せになろうよ》

谷地田ヴァルゥと、梧香月さん、日和小春さんの合作世界です。 原作で不遇なヤツ、不憫なヤツ、”双子の月が廻る世界”でみんな幸せになろう。

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月夜のピアノ・マン(その10)

葵さんと話さなきゃ、と思い立って数日が過ぎた。
 葵さんが捕まらない。夕食後も食器を片付けたり、明日の朝ごはんの仕込みを手伝っているうちにいつの間にか食堂からいなくなっている。かと言って、葵さんの書斎を訪ねて行くにはなかなか勇気がいる。さりげなく話しかける機会は無いものか。
チャンスをうかがって葵さんをこっそり観察しているうちに気づいたことがある。葵さんは咲(えみ)さんやきーちゃんとはけっこう話しているようなのだ。光(みつる)さんと縁側の籐椅子で語らっているところも目撃した。桜さんの前では表情が硬い。萎縮している感じ。サクヤさんとは何だかおっかなびっくり話している。そして誰よりも。葵さんがはっきり怯えている相手は、鷹史さんなのだ。これはどういうわけだろう。天才で宇宙人でイケメンの娘婿を怖がる理由って何だろう。うーむ。宇宙人だからだろうか。まあ、普通に考えたら誰でも怯えそうなものだけど。
 逆に、葵さんが一番一緒に話している相手はノン太だった。同じ分野の研究者で、同門で同僚なので、まあ共通の話題も多いだろう。何より、ノン太はまるでハイジの後ろをついて回るヨーゼフのように葵さんを護衛しているようなのだ。

 ある日、学校の理科当番で少し遅くなって神社の石段を急いで上がって来ると、最初の山門を入ったところに鹿がいた。
 鹿? まじまじと見てしまったが、確かに鹿だ。それもたくさん。鹿って人を襲わないんだっけ? 社殿や母屋の方に行くにはどうしても鹿の群れの横を通らないといけない。山門の影に隠れて様子をうかがっていると、小さな悲鳴が聞こえた。葵さん? 飛び出そうとすると、続いて笑い声が聞こえた。

「ほら、そこ危ない。葵さん、こっちに上がって」
「だってこのコが」
「お前も、葵さんに甘え過ぎ」
「角が痒いんでしょう。おいで、かいてあげる」

 大きな鹿数頭と葵さんとノン太がじゃれている。頭突きされる度に葵さんがよろけて、それをノン太が腕や肩を支えて助けている。
 私は呆気に取られて、鹿を警戒するのを忘れて参道につっ立っていた。そして葵さんに見つかってしまった。
「瑠那ちゃん。お帰り」
 パッと明るい顔で笑う葵さんを見て、少なからずほっとした。私が避けられているわけではないらしい。
「びっくりした? いつもは夜来るのよ。ここで鹿見るの初めて?」
「鹿って奈良にいるもんだと思ってました」
 葵さんはくすくす笑っている。こちらをバカにしている感じじゃなくて、心から楽しそう。そういえば猫ともこんな風にじゃれて笑ってたなあ。動物が好きなんだろうか。こんなに晴れ晴れと明るい表情は、もしかして初めて見たかも。
 一方、ノン太は私を見つけて、明らかに『まずいところを見られた』という顔をした。私から視線を逸らせてそっぽ向いている。やましい気持ちがあるのが見え見えである。あんた、何やってんの、未亡人相手に。

「これって野生なんですか?」
「そうよ。場所によっては増えすぎて駆除されているけど、ここは住宅街に近いし、神域の森だから安全なの。夜に良く来ているのよ。声、聞いたことない?」
 道理で。裏庭の菜園が、やけに頑丈な柵に囲まれているはずだ。ほとんど塀のような高い柵に囲われていて、木戸を開けないと入れない作りになっている。
「こいつらのお陰で参道とか境内の草取りしないで済んでるんだ」
 ノン太が観念したのか、会話に入って来たが、まだイマイチ表情が不自然である。あんた、なにやってんの、自分の親友のお姑さんで仕事の上司相手に。
「ニワトリが草取りしてるのかと思ってました」
「小さいうちはニワトリが食べてくれるけど、シカの方が大きいし数も多いし、助かってるの」
 ふえええええ。ニワトリと鹿が手入れする神域。さすがである。そういえば、今までも時々何か丸くて黒いものがコロコロ落ちてたっけ。あれは鹿の落し物だったのか。

 とにかく、やっと葵さんを捕まえた。チャンス到来。
「あの。葵さん、宿題手伝ってもらえますか?」
 一生懸命練った戦略を展開する。
「自由研究なんですけど、海外の知らない土地のことを調べて発表するんです。入賞したら、旅行券もらえたり、表彰されたり、あの、その国の大使に招待されて外国に連れて行ってもらった子もいるんですって」
「へええ、面白そう」
「葵さん、いろんなところに研究で行ってるでしょ。写真とか地図とか、見せてください。どこのことを調べるか、決めたいんです」
「もちろんいいわよ。いつでも私の部屋にいらっしゃい。パソコンもあるし」
「ありがとうございます!」
 あっけないぐらい簡単に、私の作戦は成功した。なんだ、もっと早く頼んだら良かった。
 鹿達も、私のことを警戒しなくて平気と踏んだのか、今度は私に頭突きしたりすりすり寄って来たりし始めた。牡の鹿はちょっとおっかないけど、小鹿は本当に可愛い。バンビってフィクションじゃなかったんだ。濡れたような真っ黒い目に惹き込まれそうになった。こんな目をマジマジと見つめていると、自分の心の奥の見たくないものまで覗かれてしまいそうだ。

「でも、ひとつ条件があるわ」
「え」
 ぎくっとした。条件て。
 私がよっぽど途方にくれた顔をしていたのだろう。葵さんが笑い出した。
「とにかく、そんなに遠慮したり、緊張したりしないで。私に敬語なんか使わなくていいのよ。うちは名前で呼び合うルールだけど、私は瑠那ちゃんの義母なわけだから。お義母さんって呼んでくれるとうれしいな」
「お」
「お義母さん、ありがとう、って言ってもらえたら何でも協力しちゃう」
「お。えと、あの。お、おか」
 真っ赤になってモゴモゴ言ってる私を、ノン太がニヤニヤ見ている。あんた、何やってんの。
「私も仕事にかまけて、あんまり瑠那ちゃんと話せなくて、あの。ごめんなさい」
「いえ、あの、そんな、だいじょうぶです。私」
 大丈夫。びっくりするぐらい、私はほっとして涙が出そうになった。みんな親切だけど、みんな可愛がってくれるけれど、本当はずっと葵さんと話したかった。サクヤさんのため、とかじゃなくって、私が。
 そんな私を小鹿がじっと見ている。お願い、見ないで。私、こんなに寂しかったなんて。気付かなかった。気付かないようにしてた。
「ごめんなさい。条件なんか出しちゃって。私、ダメね。こんなだから、瑠那ちゃん、遠慮しちゃうのよね」
「違う。違うんです。でも、私」
「本当は私から話しかけなくちゃいけなかったのに。私、こういうの、本当にダメで」
「いえいえいえいえ、本当に。私」
 大丈夫、と言いかけてボタボタ涙が落ちて来た。うわあ、どうしよう。でも止まらない。
「ごめんなさい。私、なんか、どうしよう」
「ごめんなさい。瑠那ちゃん、私こそごめんなさい」

 参道の脇で、鹿に囲まれて2人して両手握り合ってボロボロ泣いてしまった。それをノン太がニヤニヤ見ている。あんたもう、何やってんのよ。腹立つ。でも、こうして手をつないでわかった。和気藹々とした家族の中で、葵さんがひとり、どれだけ孤独だったか。どれだけ不安だったか。私、知ってた。わかってたのに。もっと早く話しかけなくちゃいけなかったのに。ノン太がどうしてヨーゼフやってんのか、わかった。

 そこへ、桂月庵の裏手の駐車場からドヤドヤと一同が参道にやって来た。光さんに桜さん、サクヤさんと鷹史さん。
「相変わらず、いーちゃんは鹿に好かれてるねえ」
 光さんはニコニコしているが、今度は葵さんの方が『まずいところを見られた』という顔をしている。鹿達はあっという間にナラの森に散っていった。いーちゃんとは葵さんのことらしい。
「母さんの好きなソラマメ、たくさんもろて来たんよ」
 サクヤさんが話しかけても、葵さんはあやふやに笑って目をそらしている。
「井上先生はさっちゃんが来るといつもご機嫌やもんなあ。さっちゃんが触ると何でもよう育つて」
 桜さんもサクヤさんも珍しく洋服だ。しかもジーンズ。しかも似合っている。どうやらみんなで農作業を手伝って野菜をもらって来たらしい。
「引退した小児科の先生なんやけど、さっちゃんは小さい時からお世話になっとんのよね。今は畑作って悠々自適にしてはるけど」
 桜さんが私に説明してくれている間に、葵さんはジリジリ後退して母屋の方に逃げようとしている。
「じゃあ、私、仕事持ち帰ってるから……」
 そんな葵さんの肩をポンと叩いたのは鷹史さんだ。比喩ではなく、葵さんは”ひっ”と言った。ううむ。これはそうとう怯えているな。5歳児のようなイノセントな笑顔を向ける鷹史さんから、葵さんは飛び退くように離れた。
「大丈夫。別に疲れてないわ。ありがと。じゃ、私、仕事あるから」
 不自然な早足で、葵さんは去ってしまった。私が思い切りもの問いたげな顔で見上げると、のん太が肩をすくめた。ちょっと、どういうことよ。あんた何やってんのよ。

 夕食の後、意を決して葵さんの書斎を襲撃してみた。宿題を口実に入れてもらって、お茶とお菓子のトレイを畳に置いて座布団に座るなり、私はズバリと切り込んだ。

「どうして鷹史さんが怖いんですか?」
 葵さんがビクッとした。
「怖い? どうしてそんなこと。そんなはず……」
「見てたらわかります。どうして? 何されたの? 何か言われた?」
「何かって何も……」
 目をそらせて身体を震わせている。ううむ。これじゃ、のん太じゃなくたって守りたくなってしまうじゃないか。

「お義母さん。話して。私、お義母さんの味方になりたいの」
「味方……?」
 私は腕を伸ばして葵さんの手をぎゅっと握った。
「だって、お義母さん、辛そうだもの。私じゃ話せない? 私、何もできない?」
「そんな……瑠那ちゃん、私……」
 葵さんの手は氷のように冷たかった。私は追い詰めるのが可哀想になってきた。でもやっと話せたのだ。このままじゃ、葵さんはいつまでも家族の中でひとりだ。

「お義母さん」
 葵さんは手を震わせた。ずるいかもしれないが、私はお義母さんと連呼した。だって、私にはこれしか武器がない。天岩戸から出てきてもらわないと。
「タカちゃんが……」
「鷹史さんが?」
「言ったの。私に……」
 葵さんの目は涙でいっぱいだ。
「言ったって何を?」
「タカちゃんが……新さんを待っても無駄だって。帰って来ないって」
 私は絶句した。新さんて、サクヤさんが10歳の時に消えたっていう、葵さんのダンナさん? ジャズピアノ弾くって言ってた人?
「どうして鷹史さんがそんなこと」
 涙をボタボタ落としながら、葵さんが声を震わせた。
「タカちゃんが言うの。新さんを殺したのは俺だって」

 絶句。どういうことなの。のん太、あんた何やってんの。葵さんを守ってんじゃなかったの。あんたの親友、とんでもないわよ。

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シュアラ編
エイロネイア編 らーじー 『風を悼み』 『禊の苑で』 『重なる月に寄せて(その1)』
目次(香月)
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