忍者ブログ

《賢者の石対策本部:みんなで幸せになろうよ》

谷地田ヴァルゥと、梧香月さん、日和小春さんの合作世界です。 原作で不遇なヤツ、不憫なヤツ、”双子の月が廻る世界”でみんな幸せになろう。

2017.06│ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30

月夜のピアノ・マン(その12)

住吉神社には土蔵が2つある。
 一の蔵は別名、勉強部屋。一階は薄暗いひんやりした空間に本棚や書類を入れた箱がところ狭しと並んでいるが、二階は現代風に改装して居心地いい部屋が3つと小さなキッチン、ちょっとしたお茶会ができる木のテーブルと椅子のセットがある。二階の東側はのん太、西側はきーちゃん、南側は週の半分ぐらい禰宜の山本さんが泊まっていく。母屋と離れは中庭をぐるりと囲んで屋根とガラス戸がちゃんとついた回廊でつながっている。回廊は離れでちょっと曲がって、階段を5段ほど上がって一の蔵につながる。つまりいっぺんも外に出ず、蔵から母屋に行けるのだ。回廊のガラス戸の傍には、桜さんが丹精しているランや観葉植物、熱帯の花なんかの鉢がズラリと並んでいてまるでジャングルだ。北側の回廊は、つまりガラス戸が南に向いていてお月見用の籐の長椅子とテーブルがある。私はこのコーナーが気に入っていて、時々ほうじ茶かココアのマグカップを持ってここで本を読む。その一角は回廊がちょっと広くなっていて、北向きの壁には私が泳げそうなぐらい大きな水槽が置いてある。こちらは山本さんが世話をしているらしい。いろんな種類の水草がコポコポ絶え間なく出て来る銀色の泡に揺れている。こんなに大きい水槽なのに、中には小さな魚とエビしかいない。完全に調和の取れた静かな世界。横に置かれた木の椅子に座って、時間を忘れて水槽の中に魅入っていたものだ。離れの一階の一番大きな部屋には、サクヤさんと鷹史さんの新婚夫婦、間にトイレや洗面台、シャワーなんかを挟んで階段を上がると、二階に私と葵さんの部屋がある。葵さんの部屋は一番、一の蔵に近い。蔵の書庫からわんさか資料の束とか大きな本を抱えてよたよた自分の部屋に上がろうとするので、慌ててのん太やきーちゃんが走って来て手伝っている。

 ニの蔵は、この間きーちゃんが案内してくれるまで、私は入ったことが無かった。真っ白い分厚い壁に黒い木の扉。それは開かずの扉だと思っていたのに。
 考えてみたら、この蔵は境内の一番隅、桂月庵とは対角線上の反対側になっている。蔵の横手に車で入れるので、外部の人に取ってはこっちが玄関のようなものなのだ。ライブの練習をしたり、業者さんが出入りしたり、最近めっきり賑やかになったが、それでも夜の二の蔵には人気がない。

 草履で白砂を踏むといつもならシャリシャリ音がする。でも今は賑やかな初夏の虫たちの声に紛れて足音がしない。月の光で、空っぽの境内は白砂にくっきり私の影が映るほど明るかった。手のしわまではっきり見える。私は耳をこらした。虫の音と重なって、ポロポロと違う音が聴こえる。聴こえるような気もするし、錯覚のような気もする。
 この感覚には覚えがある。桜さんと初めて会った、あの土手だ。桜の花びらは降りしきる、妙に明るい、妙に静かなあの空間で、桜さんの輪郭がぼけて消えそうになった。手を握っている私まで引き込まれそうになって、必死で踏みとどまった。桜さんの身体の重さ、それを支える自分の膝や爪先の痛み、川向こうの道路を走るバスの排気音、そんなものに集中して実感を取り戻そうとしている時、あの不思議な男の人が駆け寄って来たのだ。
 今度は逆だ。ほら、時々あるでしょ。ごく近くのものを、わざと焦点合わせずにじっと見つめること。意識的に実感を手放せばいいのだ。虫の声を素通りさせて、ポロポロという音色にだけ集中すればいい。

 二の蔵に近づくにつれて、ポロポロという音がちゃんと曲に聴こえて来た。この曲は知っている。ライブで歌うために今必死で練習している曲だ。”星に願いを”。
 いつもは軋む蔵の重い戸が、今夜はなぜか音もなくスムーズに開いた。漆喰の床に天窓から月の光が差し込んでいる。黒光りする木の階段が続く地下蔵。真っ暗なはずのその空間が青白く光っている。練習の時につけていた、スポットライトのオレンジがかった色と違う。井戸の底に月光が射し込んだような、そんな青い光が地下からこぼれている。妙な言い方だけれど、私は我に返らないように注意しながら、意識的に夢遊状態で地下への急な階段を下りた。

 予感していた通り、青い光の中で誰かがピアノを弾いていた。泣きたいようなからかうような、懐かしいような浮き立つような、次々に表情を変えるアレンジ。でも時々、私にも知ってるフレーズが現れて、この曲が”星に願いを”だとわかる。ピアノを弾いているのは男の人だ。ほっそりと背が高くて、妙にさらさらまっすぐな髪。伏せたような黒目がちの瞳。ええと、こういう人、知ってるぞ。誰だっけ。のん太ぐらいの年かな。すごく楽しそう。階段の下でそっと立っている私に気づかず、音楽に浸り切って弾いている。ピアノの精か何かみたい。
 私は突然気がついた。あ、そうだ、この人の感じ。ちょうどサクヤさんを男にしたみたいなんだ。腰までの髪をバッサリ切って、前髪を長めのおかっぱのように揃えて、蝶ネクタイにベスト、細身のズボンに爪先の尖った革靴を履けば、まさにこんな感じ。
 私がそう気がついた途端、男の人も私に気がついた。

「おまえ、こんな夜にどっから入った? ひとりで来たんか?」
 怒っているというより、心配している感じだ。
「近くの子おなんか?」
 ピアノの椅子を降りて、こちらに近づいてくる。傍で見るとますますサクヤさんそっくりだ。
「あ、そうです。すぐそこ。ここからちょっとあっちの方」
 私は母屋の方を指さした。
「でもこんな時間にひとりじゃ危ないやろ。上着取ってくるから待ってろ。送ってくから」
「いやいや、ほんと、近くなので」
「そんなわけに行かんやろ」

 ピアノの男の人が私の腕を掴みそうになったところで、ステージの方から声がした。
「大丈夫。僕が送っていくから」
「タカ坊が連れて来たんか! それでもこんな夜中に子供2人で。咲(えみ)ちゃんには言ってあんのか?」
「うん、大丈夫。母さんもよく知ってる子だし。ね?」
 鷹史さんが私の方を見るので、私もうなづく。
「はい。咲さんに和裁習ってるんです」
 ステージは階段から一番遠い。鷹史さんがどこから現れたのか、今更考えないことにした。第一、鷹史さんが普通にしゃべっているんだもの。ここが通常空間のはずがない。
「それより、この子に歌を教えてあげてよ。今度、この子、”星に願いを”、歌うから。今、英語の歌詞、練習してるんだよね?」
「あ、はい、そうなんです。英語ちゃんと思い出そうとすると歌がわやになるし、ちゃんと歌おうとすると英語出て来ないし」
「いっぺん、お手本に歌ったげてよ。この子、今度サクヤのピアノに合わせて歌うんだよ」
「へえ、サクヤと」
 ピアノの人の警戒レベルが急に下がったのを感じた。初めて私に微笑みかけてくれた。
「そうか。サクヤは人見知りなのに。仲良くしてくれとおんだ。ありがとな」
「あ、はい。サクヤさんにはお世話になっております」
「へ?」
 ピアノの人は一瞬ポカンとして、それから笑いだした。無愛想に見えたけど、笑うと可愛い人なのだ。
「面白い子やな。名前、なんての?」
「あ、瑠那です」
「そっか。ぴったりや。月夜のルナちゃんか。ええな、それ」
 男の人は人懐こくケラケラ笑いながらピアノに戻ると、ポロポロ弾き始めた。どんな曲にも続けられそうな、まだ気持ちが固まらないけど、歌いたくてたまらないような、そんなフレーズ。
「ほな、観客2人、月夜のリサイタルやったろか。後でサクヤが聞いたら怒るやろな」
「うん、内緒。葵さんにも内緒」
「ほやな。いーちゃんにも内緒や。俺が夜にサクヤ連れ出すといつも怒られるからな」
 ケラケラくすくす笑いながら、ポロポロ弾いている。
「ええか。この一曲弾いたら、送ってくからな。そしたら大人しう寝るんやぞ」
「うん、約束」

  男の人は、ポロポロ弾いていた手を止めて、一瞬、天井を仰いだ。そこに月や星が見えるかのように。そして、小さな子供に子守唄を聴かせるように、静かに歌い出した。

 輝く星に心の夢を
祈ればいつか叶うでしょう
きらきら星は不思議な力
あなたの夢を満たすでしょう

 ひと呼吸置いて、静かにピアノが鳴り出した。この人の声、ピアノによく合う。プロの歌手って感じじゃないけど、優しい声だ。

人は誰もひとり
哀しい夜を過ごしてる

星に祈れば淋しい日々を
光り照らしてくれるでしょう

 ポロポロ密やかに間奏が入って、そしていきなり弾けた。わおわお。もう何の曲かわからない。どんどん違うメロディーが混ざって来る。これ、なんだっけ。眠れる森の美女。あ、白雪姫。え、荒城の月? えええ、十五夜お月さん? 私が何の曲かわかった、という顔をする度に、うれしそうに笑う。いたずらっぽく、ウインクしながら。あ、星に願いを、に戻った!

 When you wish upon a star
Make no difference who you are
Anything your heart desires
Will come to you

If your heart is in your dream
No request is too extreme
When you wish upon a star
As dreamers do
 
 わおわお。こういうのって何て言うの? ソウルフル? 黒人の人が教会で歌ってるみたい。そうかと思うと、急に少年合唱団みたいな歌い方になるし。何て言うの? すっごくチャーミング。私は夢中で手拍子した。この家に来て初めて、自分がどんな表情してるか、とかどう見られてるか、とか忘れた気がする。ここに来て初めて、寂しい気持ち、不安な気持ちがふっ飛んだ。もう、何でもいいや、今こんなに楽しいんだもの。もう何年も、こんな風に笑ったことなんてなかった。自分がこれからどうなるか、なんて心配を忘れて、こんなにわくわくできるなんて。音楽ってすごい。人ってすごい。ピアノってすごい。

Fate is kind
She brings to those who love
The sweet fulfillment of
Their secret longing

Like a bolt out of the blue
Fate steps in and sees you through
When you wish upon a star
Your dream comes true


 地下に下りる時感じていたように、今度も予感があった。曲が終わって、まだピアノの残響が残っていつまでも耳の中にメロディが続いているのに、いつの間にか、ピアノの椅子は空っぽになっていた。青い光が消えて、階段から差し込む月の光だけが残った。

 祈ればいつか叶うでしょう。

 本当に叶うの? 私は涙が止まらなかった。新さん、こんなとこで、私なんかにピアノ弾いてないで、葵さんに会ってあげてよ。サクヤさんに歌、歌ってあげてよ。鷹史さん、どうして? 会わせてあげたらいいじゃない。どうしてよ。
 新さんは、ちゃんと約束通り、私を送り届けてくれた。いつもの二の蔵に帰って来た。サクヤさんにも葵さんにも内緒。走って2人を連れてきてあげたら良かった。

「会えない」
 鷹史さんは、土蔵の床にへたり込んで泣いている私の後ろでポツンと言った。
「どうしてよ」
「あの2人と会ったら、新さんの願いが無駄になる」
「どうしてよ」
「新さんは、あの2人を守るために行ったんだから」

 行ったってどこに。あの竜宮の底の、その向こうに?

「新さんは知ってた。俺は聞いたんだ。どっちがいい?って」
「どっちって?」
「あの2人と二度と会えないけど、2人を守れるのと、ずっと傍にいられるけど何もできないのと、どっちがいい?って」
「そんなの、おかしいわよ!」 

 そこで、はた、と気がついた。桜さんと会った時駆けつけて来た男の人。桜さんを心配して、薬を届けてくれた。でも桜さんの身体を支えることも、毛布をかけてあげることもしなかった。できなかったんだ。

「そう。身体を失って、ずっと傍にいることもできる。家族が死んでもずっと、何百年もここにいる。身体ごと、向こう側にいくこともできる。そうしたらこちら側のことを何もかも忘れる。忘れるけど、向こうから引っ張ってこの場所を守ることができる」

「そんなの、訳わかんない!」
「新さんは、聴こえる人だった。音の歪みがわかって、引っ張れる人間があっち側にも必要だった。でないと、ここが弾け飛んでしまう。結び目のサクヤは死んでしまう」
「わかんない! そんなの、おかしい! どうしてよ。お父さんもお母さんもいるのに! どうして一緒にいられないのよ! あの人、サクヤさんの話する時、あんなに嬉しそうだったのに!」

”ありがとな”

 今夜の新さんが知ってるサクヤさんは何歳なんだろう。新さんの膝に抱っこされてピアノを弾いてるちっちゃなサクヤさんの写真、見せてもらったことがある。新さんが亡くなって、何年も閉ざされていた地下蔵。今、ピアノが解放されて、でもやっぱり新さんは葵さんと会えないの? 葵さん、今でもあんなに探してるのに。あんなに泣いてるのに。

「じゃあ、今、新さんはどこにいるの? さっきの新さんはどういうことなの?」
「さっきのは、蔵が見た夢、みたいなものだ。今どこにいるかは、俺もわからないな。あっちに行ってみないと」
「あっちに?」
「竜宮の向こう側に」
「それって、地球の向こう側って意味じゃないのよね? 桜さんみたいに、すごく近いとこに出ることもあるんでしょ?」
「桜さんのこないだのは、竜宮に引っ張られて吐き出されただけだ。底を抜けた向こう側に何があるのか、いつのどこに出るのか、俺にもわからない。新さんと同じとこに出るとも思えないし」
「いつのどこ? 今じゃないってこと?」
「一万年前かもしれないし、三万年未来かもしれないし。地球じゃないかもしれない。人間じゃなくて鳥とか魚になってるのかも」

 ちょっと待って。さっき、鷹史さんは何て言った? 俺もあっちに行ってみないと?
 
 鷹史さんはいつもの五歳児みたいな顔でにぱあっと笑って、人差し指を口に当てた。

「サクヤに内緒」

 私、わかった。葵さんが鷹史さんを怖がる理由。鷹史さん自身が怖かったんじゃないんだ。鷹史さんの未来が怖かったんだ。

 いつか。新さんみたいに。みんなを残して消えてしまう? みんなを守るために?
 そんなの、訳わかんない! わかりたくない!
PR
*COMMENT-コメント-
*COMMENT FORM-コメント投稿-
  • この記事へのコメント投稿フォームです。
Name:
Title:
Mail:
Url:
Color:
Decoration: Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
Message:
Pass: ※編集時に必要です。
Secret:  ※チェックすると管理者へのみの表示となります。 
目次(ヴァル)
「姫おり」過去編
織姫のお仕事
     4.0
   4.1 4.2

カルミノ編 1日目 『桜降る夜の森に』 2日目  『雷鳴の封印』  『拾い子』  『森の中の星空』 3日目  『再生の呪文』  『春日なる』 4日目 祝宴 お茶会  『おすそわけ』  
イドラ編 あかねるーver.  『茜さす』  『玉章の』  『ぬばたまの』  『真菰刈る』  『吾ぎ妹子の』  『シュアラの休日』  『天雲の』
いずみるーver. 『夢一夜』   『はじめの一歩』 外々? 『グレイの冬空』 『リィンの探検記』 『舞初め』 『忍ぶれど』 『色出でにけり』 『未遂』 『Fly me to the twine moon(その1)』 『ラプソディー(その1)』
すおみろい  『Baby Morning, Baby Night』  『Be Ambitious, Boys!』  『標野行き』 『Calling』   (上) (下) (おまけ) 『玉響詞(タマユラノウタ)』   『Honey suger hummingbird』 『すみれ色の指輪』 ぱーるる 『しろたえの』 『Agnus Dei』 『Sanctus』 『Kyrie eleison』 『夜の瞳』 『狼の宅急便』
3つ子&小町ズ&あるびー 『山笑う』 『魂100まで』  『明日に架ける橋』 『疳の虫 虫の知らせ』 『鈴猫』 『鬼灯(カガチ)』
あかねれー 『リカバリー70%』 ありしん
シュアラ編
エイロネイア編 らーじー 『風を悼み』 『禊の苑で』 『重なる月に寄せて(その1)』
目次(香月)
「姫おり」過去編
嘆キノ森シリーズ
『嘆キノ森』
 正面左右背後
 出口1
『嘆キノ森-PSI-missing-』
     

カルミノ編 前夜祭 『Happily Ever After』01 1日目 『Happily Ever After』02 『Happily Ever After』03 『Happily Ever After』04 『Happily Ever After』05 2日目 『Happily Ever After』06 『Happily Ever After』07 3日目 4日目 祝宴 お茶会  『romanesque』
イドラ編 あかねるーver.  『flying』  『アイルキスユー』  『輪舞-revolution-』

かしるな 『奈落の花』  EPISODE1  EPISODE2  EPISODE3  EPISODE FIN 『Trikstar』 『モノクロのキス』 Side:L 『GLORIA』    EPISODE Final 『TRANSMIGRATION』
あかねれー 『Never more』  Ⅰ.undelete 『I'll be there』   final 『FRIENDS』     『mezzo forte』     『赤い涙』     『too late? …』  Side:R   Side:A  Final!
ありしん 『瑠璃の鳥』    
シュアラ編 『Front breaking』 『Dell'oscurità per brillare』 『End symptom』 【露癒の祀】 拾壱>拾弐
エイロネイア編  『daily workⅠ』 『覚醒ヒロイズム』 EPISODE1 EPISODE2
最新コメント
[09/12 梧香月]
[05/16 Backlinks]
[12/16 ヴァル]
[12/15 梧香月]
[11/25 ヴァル]
[11/21 小春]
[09/28 ヴァル]
カレンダー
05 2017/06 07
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
ギャラリー



漫画



季節のアルバム




漫画
カウンター