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《賢者の石対策本部:みんなで幸せになろうよ》

谷地田ヴァルゥと、梧香月さん、日和小春さんの合作世界です。 原作で不遇なヤツ、不憫なヤツ、”双子の月が廻る世界”でみんな幸せになろう。

2017.06│ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30

青い昼寝 緑の散歩


 湖畔を明るい色のつばの広い帽子と、お揃いのワンピースに身を包んだ美しい少女が軽やかに歩いていく。背中までまっすぐに伸ばした髪はヤママユガの繭のような、オオミズアオの羽のような、ちょっと水色の入った薄緑。
 少女といっても、こっちの国の人には少女に見えるというだけで、孫が3人もいる50代の女性である。もっとも日本でもかなり若く見られる方らしい。しかも彼女が入っている時にはことさらに若く美しく見える。普段は見える人にしか見えない彼女だが、こうして人間の身体に入ってしまえば誰にでも見られる存在になるのだ。そしてどうやら、誰から見ても同じ外見らしい。
 普段は見える人にとっても、その人それぞれに違う姿に映る。
 葵さんには5歳ぐらいの少年に見えるらしい。
 俺には、今の彼女の姿とほぼ同じに見えている。つまり、葵さんそっくりの顔で薄緑色の髪と青緑の目の大人の女性だ。その姿は、ガキの頃初めて会った時から変わらない。俺はいつの間にか彼女の外見年齢を越してしまった。
桟橋を歩いていた彼女がよろけた。
「こら、先行くなって言ったろ」
 腕をとって彼女の身体を支える。
「久しぶりぃやもん。勝手がまだつかめんだけや」
「葵さんを支えてる分、疲れやすいってウルマスも言ってただろ。無理するな」
「ふん。あのオッチャンに何がわかるん。クララはんは、筋肉落ちんようによう歩けえ言うてたやん」
「そらそうだけど、無理すんなって。とにかく休憩。水持って来たぞ」
 ベンチに座らせると、彼女は帽子を脱いでふうっと息をついた。
「何かいつもとちゃうなあ。いつもはもちょっとこう、自由にならんいうか、全部自分でせんでもいいゆうか、なあ」
「違う?」
「ちゃうなあ。ちょっかい出してちょっと要らんこと言わせたり、余計なことさせたりはできるんよ。やけどだいたい葵ちゃんなんよ」
「今は?」
「今はなあ。葵ちゃん、どこにもおらへん」
「全部、碧ちゃん?」
「そや。全部、うちや」
 俺は背筋がぞっとする。このままずっと葵さんが起きなかったら? 意識が消えたままだったら? このままずっと、この身体は碧ちゃんが動かすことになるんだろうか。いつまで?
「今までこんなことなかった?」
「ほやなあ。時々はあったで。でも時々や。それに葵ちゃんうとうと寝てるだけで、半分は起きとる感じやった。半分寝て寝ぼけてる、ちゅう感じやな」
「そういう時に碧ちゃんがやったこと、葵さんは覚えてるのか?」
「半々やなあ。酔っ払って記憶飛ぶ、言うやろ。あんな感じとちゃうか」
「今は?」

 俺の問いには答えず、碧ちゃんはこちらを見てにいっと笑った。

「ずっとこのままやったらどうするん?」
「そんなこと、実際できるのか?」
 俺はちょっと声がかすれてたと思う。
「どやろ。葵ちゃんの身体、どのぐらいもつんかな。あと30年? 40年。大事にしたら50年いくかしらん」
「残りの人生、全部、碧ちゃん?」
「そゆことも、あるかもしらん。葵ちゃんのうちの一族は、そゆこと、ようあるで」
「普通に食べて? 人間として暮らす?」
「ほや。子供産んで育てたホタルもけっこうおるで」
 俺は頭がガンガンした。
「このうちの連中は、みんなどっかあっちとつながっとんや。何かの拍子に簡単にあっちに落っこちる。帰ってこないもんもおる」

 帰って来ない。新さんみたいに。鷹史みたいに。

「身体ごと落っこちるもんもおる。魂だけ落ちて身体をこっちに残すもんもおる。身体があれば帰って来ることもある」
「鏡ちゃんみたいに?」
「そうやな」
「でも鏡ちゃんときさちゃんは混ざってるだろ」
「きさちゃんは、長いこと寝とったし。ずいぶん深あいとこまで落ちとったし」
「葵さんは?」
「わからん」
 碧ちゃんはあっさり言う。心配しているのかしてないのか。葵さんが生まれた時からお守りして来たはずなのに。

 湖面に朝の光が照り返して目が開けていられないぐらいだ。新緑と初夏の風。本当と思えないぐらい美しい風景。綺麗過ぎて現実感がない。実感が湧かない。信じられない。

 葵さんが。帰って来ないかもしれない? 鷹史みたいに? 新さんみたいに?

 あっちがどんなとこだか想像もつかないが、天国だか黄泉の国だか、そんな場所なのか? そこで、葵さんは新さんと一緒にいるのか? もし新さんとずっとそこにいられるとしたら。

 葵さんは、帰って来たいと、望むだろうか?

「望。水くれるんやなかったん」
「あ、ああ。ほれ」
 碧ちゃんに袖を引っ張られて我に返る。ディパックに入れて来た2リットルのミネラルウォーターのボトルを手渡した。
「あれ。ずいぶん重いん持って来たんやなあ」
「これ、2本あるぞ」
 ホタルを連れ歩く人間は、常に綺麗な水を大量に確保するのに苦労する。碧ちゃんは水の味にもケチをつけて、エビアンなんかは塩っぱいと言って飲みたがらない。このボトルも3軒探し回った軟水だ。
「重うてよう飲まんわ」
「葵さんの身体に入って実体なんだからこれぐらい持ちあげられるだろ」
「言うたかて、こらかなんわ」
 ちょっと前まで2リットルを2本いっぺんに空けていたくせに。
「文句多いやつ。ほれ」
 ザックからチタン製のカップを出す。キャンプ用品だ。

 カップにそそいだ水を、白いノドを鳴らしてくっと空けて、碧ちゃんはほう、と息をついた。
「ほれ、お替り」
 水を足そうとすると「もういらん」と言う。
 剥き出しのホタルは大量の水を補給しておかないと、その身体を保てなくて水に戻るか石に戻る。葵さんの身体に入ったばかりの頃は、もっとたくさん水を飲んでいたが、だんだん人並みになって来たようだ。スープやリゾットしか食べられなかったのが、今朝はパンにハチミツを塗ったのとミルクを平らげていた。
 だんだん人並みになって、そして? いつか葵さんに成り代わって、葵さんとして生きる?

「碧ちゃん。お前さ。桜さんに頼まれたから葵さんの面倒みてるんだろ」
「ふん。そうやなあ」
「そうじゃなかったら、こうやって葵さんのために食べたり歩いたりする義理もないんだろ」
「まあ。そうやなあ」
 碧ちゃんはベンチの上で姿勢を変えて、俺の顔を真正面に挑むように見つめる。大きな青緑色の瞳がキラキラしている。俺は自分でも何を聞きたいのかわからなくなって来た。
「こうしてるの、しんどいんじゃないのか? それとも何か楽しいことあるのか?」
「しんどいなあ。でも楽しいなあ」
 顔を寄せて俺の眼をのぞき込んで来る。白い顔の回りで、朝の光を透かした薄緑の髪が輝いている。新緑を通してそそぐ光が、碧ちゃんの傍で、さらにまた違った緑のトーンをまとう。
「こんなしんどいことやめて、さっさとそこの湖に泳ぎに行くこともできるんだろ?」
「できるなあ」
 碧ちゃんはニヤニヤしている。俺は何を聞きたいんだろう。

「本当は、どうやったら葵さんが目を覚ますか、知ってるんじゃないのか?」
「やったら、どうなん」
「やっぱり知ってんのか!」
 思わず声が強くなってしまった。
「ふん。知っとっても今はどうもならん」
 碧ちゃんはぷいと向こうを向く。
「お社帰らんと、どないもならん」
「そうなのか」
 俺はがっくり来てしまった。ここにいる限り、俺にできるのはボディガードしながらこうして散歩につきあうことだけだ。

「いや。どないもならんことないわいな」
「え」
「望、あんた、葵ちゃんのこと好きなんやろ」
「え」
 相手はホタルとは言え、こんなに真正面に聞かれたら動揺してしまう。
「葵ちゃんに、目え覚まして欲しいんやろ」
「う、うん」

 目を覚まして欲しい。いつもみたいに美味しそうにうれしそうにモリモリご飯を食べて、素っ頓狂なこと言って欲しい。ふわふわ柔らかそうな薄茶の髪をゆらして元気に飛び回って欲しい。あの優しい声で、ノンちゃんおはよう、いいお天気ね、と笑って欲しい。
 俺は、葵さんを好きなんだろうか。長いこと一緒にい過ぎてもうわからなくなっている。葵さんはさっちゃんのお母さん。鷹史の叔母さんで、下宿のオバサンで、俺の先生で、俺の同僚だ。大事な人だ。でも好き? 女の人として好きなのかどうか、自分でもよくわからない。
 
 俺が好きなのは、葵さんなのか碧ちゃんなのか、自分でもわからない。

 もしこのまま葵さんが目を覚まさなかったら? ずっと碧ちゃんだったら?

「うち、本で読んだことあるで。桐と一緒にアニメいうんも見たし」
「何の話?」
 碧ちゃんも葵さん並みに会話が素っ頓狂で時々ついて行けない。
「眠ってるお姫さまを起こすのに、王子様がやることあるんやろ」
「え」
「うち、泳いでくるさかい、望、気張りいや」
「え」

 碧ちゃんは上着でも脱ぐようにさっさと葵さんから出てきて、さっさと朝の光の中で背伸びした。人の身体から出て生身になると、一段と髪の緑色が冴える。中身の碧ちゃんも、葵さんとおそろいの明るいワンピースを着ていた。

 生身のホタルを見る時、見る人間によってその姿が違う。それぞれ、好きなイメージを投影しているらしい。最初に碧ちゃんを見た、あの11の時からその姿は変わらない。名前のイメージ通りの緑の髪と緑の目。そして葵さんそっくりの顔と声。

 碧ちゃんが抜けた葵さんはくたっとベンチの背にのけぞって、そのままバランスを崩して落ちそうになった。慌てて背中に腕を回して抱き止める。まっすぐに緑色に輝いていた髪が、ふんわりした栗色に戻った。

「そうそう。王子様、お気張りやす」
 碧ちゃんはことさらにイジワルな笑顔を見せると、朝の光を受けてギラギラと眩しい湖面に身を躍らせた。水しぶき一滴あがらない。融けるように湖面に消えた。

 気張るって。何を。

 葵さんは身長が150あるかないかの小柄な人なので、すっぽり俺の腕の中に入ってしまう。こうしていると、意識が無いなんて信じられない。早起きし過ぎて朝食の後眠くなって来て、散歩に出た公園のベンチでうとうと居眠り。そんな感じだ。朝の光の中で、何かいい夢でも見ているような、おだやかな顔。微笑んでいるように、軽く開いたくちびる。

 何の夢見てるんだろう。新さんの夢かな。もう、俺たちと会えなくてもいいのかな。紫さんが駆けつけて来て、さんざん呼びかけても起きなかった。俺だってどんなに話しかけたかわからない。もうネタ切れだ。カロ先生が日本の童謡でも歌えば、とか言い出して、クララさんのオルガンに合わせて混声合唱まで披露したのに。ウルマスが香りが効くかも、とか言うものだから、葵さんの好きな白い薔薇から、レモンにメロン、焼き立てのパン、山羊のチーズ、パシュティツァダ、プニェネリグニェ、ブロデット、とクララさんの得意料理を枕元に次々並べた。なのに食いしん坊の葵さんが起きない。

 眠り姫に王子様が。

 ちょっと待て。誰が誰に? 何をしろって? 
 
 むしろ碧ちゃんが中に入ってるなら平気なのだ。ホタルのむき身の姿なら何度も見たことがある。ホタルの幼生はぬいぐるみか枕みたいで、あれにキスするなら何とも思わない。しかし。
 葵さんは今にも目を覚ましそうだ。タヌキ寝入りしてるみたいだ。
 もしたった今目を覚ましたら、この状況をどう説明したらいいんだ。

 これまで2人きりで、世界中旅をして来た。ちょっとでも手がかりがあったら、どんな辺鄙なところにも出かけた。夜汽車や船、野宿も平気。同室で泊まることだってあった。
 そんなことになったら、もう2人で旅できないじゃないか。
 いや、そんなことないか。そんなことになったら、むしろ旅しやすい? いや待てよ。

 愚図愚図していたら碧ちゃんが帰って来てしまう。心配してクララさんや紫さんが迎えに来るかもしれない。
 もたもたしていたら、葵さんが目を覚ましてしまうかもしれない。
 いや待てよ。俺は何のためにキスするんだっけ。

 朝の光がだんだん強くなって、もはや爽やかでは済まない。何の花だか知らない、強い甘い香りが漂ってくる。暑い。水が飲みたい。
 俺は碧ちゃんのために買って来たミネラルウォーターをらっぱ飲みした。
 落ち着け。
 そうだ。こんなに暑かったら、葵さんが脱水症状を起こしてしまうかもしれない。水を飲ませなきゃ。眠っている人にどうやって? 俺は口に水を含んだ。


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