忍者ブログ

《賢者の石対策本部:みんなで幸せになろうよ》

谷地田ヴァルゥと、梧香月さん、日和小春さんの合作世界です。 原作で不遇なヤツ、不憫なヤツ、”双子の月が廻る世界”でみんな幸せになろう。

2017.071 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

『GLORIA』 EPISODE4    香月

GLORIA、4章。デート編です。
チャット内容を全部、盛り込むとだらだらになるので大事なところだけピックアップした内容になりました。

カシスやルナの薬草探しと、イドリアンの薬草探しは微妙に違うと思う。
イドリアンは「何々科だから~」とかいう理屈で探したりしなさそうだものね。
カシスの探し方はちょっと特殊に映るのではないかなぁ、と。

=====================
 
 テントの外に出て、まず眩暈がした。
 もう少し自制心がなかったら、あるいは相手が相手だったら、迷わずテントの中に戻っていたかもしれない。
「あの……ルナさん、これ、もらってくれませんか?」
「……」
 突きつけられた菜の花色のキク科の花束に絶句して、ルナは思い切り眉を潜めた。昨日は夕方に帰ったのに、こんなものいつのまに作ったんだろう。一抱えほどもある。一瞬、気が遠くなりそうになった。昨日、彼とあんな男を比べた自分が馬鹿だった。
 まともに引きつった彼女の表情には気づかずに、ティオはにこりと微笑んで、
「あ、根茎も持って来ました。薬になるんですよ」
「……う、うん、知ってるけど……。あ、ああ……そうよね、そういうことよね、うん」
「花もかわいいと思って」
 ――……何かしら、この頭痛。
 軽く頭を振って、ルナはこっそり深呼吸をする。薄れた意識を、足を踏ん張って保つ。
 屈託のない笑顔を浮かべたティオは、木に繋いでいた2頭のルパを連れにテントから遠ざかる。ルナは見えないように溜め息を吐いて、呆然としたまま受け取った花束をテントの中の乾燥棚に乗せる。
 ティオが連れてきた2頭のうち、1頭のルパがルナに擦り寄った。少し小柄なそのルパは、ふるる、と身体を震わせて、そのままぐりぐりと頭を押し付けてくる。
「あはは、結構やんちゃね」
「スイバ、って言うんです。僕が育てたんですよ。ちょっと気難しいところがあるんですけど、ルナさんによく懐いてますね」
「……まあ、やんちゃなガキを相手にするのは馴れてるから」
 ルナは猫か何かのようにスイバの喉を撫でた。スイバは気持ちよさそうにまた身体を震わせて、ますます彼女のわき腹に頭を擦り付けた。
「ルパは人の心がわかるんです。僕たちの祖であり、生まれ変わりですから。
 だから、心の綺麗な人にはよく懐くんですよ」
 ずるり。
 スイバを撫でていたルナの足が滑る。何とか転倒は免れた彼女を、スイバが不思議そうな、しかし呑気な表情で見上げていた。
「あの……ルナさん?」
「……何でもない、何でもない」
「? 今日はその子を使ってください。あ、ルパには乗れますよね?」
「それは平気だけど……おばあちゃんの管理してる谷って遠いの?」
「いいえ、それほどでもないですよ。日が高いうちに出れば、十分夕方には帰って来られます。
 じゃあ、行きましょうか」
 にこにこともう一頭のルパの上から微笑むティオに、ルナは背中に汗を掻きながらぽりぽりと頬を掻く。
 何だか疲れる一日になりそうだ。


「へえ……」
 谷を見回すなり、ルナは簡単の息を漏らした。春の青谷は賑やかだった。イドリアンや泉の巫女だったなら、植物の声とやらがきっと喧しかったに違いない。
 流れ込んでくる谷風のせいか、背の高い木はあまりないが、若葉と彩の花を咲かせた草花が所狭しと並んでいる。
「すごいでしょう?」
「イドラが枯渇してる、ってのが嘘みたいね。春の草の見本市だわ」
「今回はリー様のお使いです。ほら、こんなに」
 そう言ってぺらり、とティオが見せてくれたリストには、びっしりと薬草名が並べられていた。それこそ目が痛くなるくらい。
「……あの人、本当にこの機会に私を使い走るつもりね」
「それだけルナさんを認めている、ということだと思いますよ。僕なんてまだ見習いだから」
 少しだけ悔しそうに言って、ティオは肩を竦めた。ルナは大きな木の根をひらり、と飛び越えると、サンザシの枝を撫でながら、
「自分の管理してる谷の案内役をこうして任せてるわけでしょ。将来票も入ってるんでしょうけど、でも、おばあちゃんはちゃんとあんたを認めてる証拠だと思うけどね?」
「……」
「ほら、こんだけたんまりと使い走られてるんだから。ぱっぱとやっちゃわないと、全部揃えられないわよ、このリスト」
「はいっ」
 少し晴れやかな笑顔になって、ティオも彼女を追うように木の根を飛び越えた。
「ふぅん……谷風がいいのかしらね。普通は一緒に咲かないようなものまで一緒になって咲いてるわ」
「ここの谷は地熱や風の通り方が、少し他と違うそうなんです。ミヅチの道でもあるらしくて」
「へえ……」
 ルナは興味深そうに辺りを見回しながら、木の上、木の下、草むらの中を、逐一覗き込んで行く。「ふぅん」となんとはなしに気のない返事を返しながら、どこかぼんやりとした……いや、何か憧憬にも似たような眼差しで、一つ一つを眺めていく。
「そういや、そろそろ春の薬狩りだけど……あんたも参加するの?」
「はいっ、リー様に連れていってもうらうことになっています。今は予行練習です」
「なるほどね……。おばあちゃんも確実にブレーンを増やしてる、ってわけだ」
 アザミの枝の若葉を摘みながら、嬉しそうにティオが答えた。
 ――薬狩りか……。確か春にも参加する、って言ってたっけ……。

 昨年の秋、シモン=クロムハーツの騒動で、面倒がって参加を拒んできたあの男が、初めて薬狩りのテントに現れた。もともと日差しに強くない身体は、それほどフィールドワークに強いわけでもない。ましてや、幼い頃から鍛えられているイドリアンの山歩きにはついていけない身体だ。
 けれども彼はテントの下にいながら、地図を広げ、地形、風向き、天候、温度などから、次々と薬草の生えている場所を言い当てた。
 イドリアンは経験と自然との対話で草花や果実の場所を当てる。それには山を見て歩く、ということが必要不可欠で、テントの下に寝そべりながら、外の風景も水にあれこれ言い当てるあの男は、よほど彼らには新鮮に見えたらしい。ミヅチの生まれ変わりだとか、山神の使いだとか言われていたときは、大いに笑わせてもらった。
「あんたさえ良けりゃあ、春も来んかね。私の知ってる薬谷と鉱脈の位置を教えるよ。どうだい?」
 ビジネスはフィフティ・フィフティ。あの男の性格をよく理解したメドゥーラの一言で、彼も首を縦に振ったのだった。
 イドリアンにしか解らない穴場もあるが、あの男の分析力が見つける穴場もあるわけで。メドゥーラはまんまと両方を利用できるというわけだ。

 ――ったく、口も態度も悪いくせに、ああいうコネを作る才能はあるのよね……。
 そこまで考えて、草を摘む手が止まる。
 ――……本当に、そこまで何でもできるくせに……、なんで私なんか……。
「ルナさん?」
「ん? ああ、ごめん。何でもないわ。アオイはこれくらいで良さそうね」
 慌てて首を振って、満杯になった袋の口を閉める。スイバの首にかけた手綱に袋をくくりつける彼女に、ティオはわずかに眉を潜めた。
「ルナさん」
「何……っ?」
 もぐっ。
「っ!?」
「ヤブコウジです。冬を越して甘くなってるでしょ?」
「……」
 口の中にほんのりと酸味のある甘みが広がる。土の芳香と、林檎と苺を合わせたような不思議な香りが鼻を包んだ。おいしい……のはいいのだが。
 ヤブコウジの実を押し込んだティオの指が唇から離れた。ほとんど反射的に赤い実を飲み下して、ルナは表情を引きつらせながら、がりがりと頭を掻いた。
「……あんたさ。えーと」
「はい?」
 少し躊躇って言うルナに、ティオはようやく気がついて自分の指を見た。一気に彼の顔が赤くなる。
「す、すいません! あの、つい、弟や妹にやる癖で……」
「いや、まあ……別にいいけど」
「あの、何だか元気がないように見えたので……ごめんなさい」
「……」
 あたふたしながらティオが弁解する。それを眺めながら、ルナはくすり、と笑みを漏らした。けれどやっと浮かべた微笑はどこか空虚だった。
 ――嫌な女ね、私。相手の好意がわかってるのに、その前で他の男のことばっかり考えるなんて……。
「ありがと。辛気臭かったわね、ごめん」
「いえ、そんなこと……。
 昨日も言いましたけど、ルナさんはすごいと思います。魔術も使えて、薬にも詳しくて、って……」
「別に私だって最初から魔道が使えたわけじゃないし、最初から薬に詳しかったわけじゃないわよ。最初は傷薬一個、満足に作れなかったし」
「そうなんですか?」
 ティオはきょとん、として意外そうな顔でルナを見た。彼女は眉間に指を当て、
「あのね、最初から何でも出来るなんて都合のいいことがあるわけないじゃない。
 まあ、確かに生まれながらの才能ってヤツはあるだろうけどね。超能力だろうと、神力だろうと、魔道だろうと。何もしないなら宝の持ち腐れになるか、むしろマイナス点になるだけよ。
 世間が欲しがるのは、何もしない天才より、手と足を動かす馬鹿の方なんだからね」
「ルナさんも……勉強したんですか?」
「当たり前よ。……まあ、生まれたところで魔道は学べなかったし、旅なんてしてたもんだから、大変と言えば大変だったけど。生きるためだったからね。旅なんかしてると、自分の身は自分で守らないといけないし、薬は重要中の重要だし……」
「やっぱりどこかの大学に留学を?」
「さすがに魔道の基礎を習うには師匠が必要だったけど……それ以外はほとんど独学だったかな」
「独学!」
 ティオは目を剥いて彼女を見た。ルナは肩を竦めながら、あっけらかんと言う。
「あんたたちだって魚の捕り方とか、果実の見つけ方とか、子供の頃から生活のために覚えるわけでしょ? それと同じよ。大したこっちゃないわ。……上には上がいるもんだしね」
 どこか遠い目をして、ルナは足元のヨモギの葉を摘んだ。アザミの若葉を選定しながら、振り切るように首を振る。
「あんたは何で大学に行きたいの?」
 まだ少し唖然としていたティオは、問われて照れくさそうに頭を掻いた。
「大学で医学を勉強して医者になりたいんです。イドラも伝統的な技術ばかりじゃなくて、大陸の知識を取り入れようとしていますから、そのために……」
「へぇ」
「スオミ先生やリー様をずっと見てて……何度も家族を救ってもらって。僕もあんな医者になりたいなって。
この島には医者が足りないですから」
 ――医者、か……。
 きり、と奥歯を噛み締める。もくもくと目の前の草を摘みながら、こっそりと唇を引き締めた。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「えっと、いえ、ヤマニンジンがないんです。いつもここら辺に生えてるのに……まだ早いのかな?」
「……」
 きりり、と心臓が冷えた。首を振ってから、草を食んでいたスイバに近づいて、手綱を握る。
「この辺に沢があったわね?」
「あ、はい。少し谷から外れますが、ここを行けば赤石沢に」
「ヤマニンジンはセリだから、沢の近くにならあるかもしれないわ。少し行って来る」
「あ、じゃあ僕も一緒に」
 自分のルパに駆け寄ろうとするティオを、ルナは軽く手で制し、
「摘まなきゃいけない薬草はそれだけじゃないでしょ。それに、そろそろお昼ごはんが欲しい頃だし、すぐ戻ってくるから、よろしくね」
 そう言って、彼女はその場から逃げるようにスイバの手綱を引いた。


『人間なんて我侭なもんさ。結局、自分がやりたいことしかできないし、なるようにしかならない』

 リーはそう言っていた。
 でも、わからない。私は一体、何がやりたくて今の道を歩いてきたんだろう。
 ……何もなかった、ただ闇雲だっただけだ。
 ティオはスオミやリーの背中を負っている。あれだけ汗を掻きながら、リーの手伝いをして学んでいる。
 あの男は今は亡き祖父の研究の完遂を目指して寝る間も惜しんでいる。傍目には見えないけれど、その異常なほどの努力は、何度も夜食を運んだルナがよく知っていた。
 じゃあ、私のやりたいことって何?
 ……イドラを星から救うこと? ……違う。確かにサクヤに頼まれた。でもサクヤが、エクルーが、キリがいなかったら、ルナはそれに触れることさえなかったはずだ。
 ……ただ、私は闇雲だっただけだった。ただ漂うだけの糸の切れた風船だった。
 そんな女に、どうして彼らはこれだけ必死になるのだ。どうして彼らはこんな女を愛そうだなんて思ったんだろう。
 それから――
「何で……」
「あおんっ!」
「っ!?」
 唐突に聞き覚えのある鳴き声が聞こえて、水の音がするのに気がついた。肩を震わせて、慌てて辺りを見回していると、
「あおんっ!」
「ジェイド!?」
 高木の増えた林の中から、翡翠色の毛並みの獣が飛び出して、何とも嬉しそうにルナへ擦り寄ってきた。むっとしたスイバがまた頭突きを始める。
「こらこら待て待て、私の身体はあんたらより小さいのよ。……にしてもジェイド、何でこんなところに……」
 眉を潜めると同時に、ジェイドはぐいぐいとルナのローブの裾を引いてきた。ちょろちょろと水の音が聞こえる方角へ、彼女を連れて行こうとする。
 もともと行こうとしていた方向だ。呆然としながらジェイドの頭を撫でて、そろそろと沢の近くに下りていく。
 すると、
「――っ!?」
 思わず反射的に身を隠した。
 小柄なルナの身体は、大きめな木ならすっぽりと身体を隠せてしまう。
 そろりそろりと、気づかれないように沢近くの小道を覗き見た。
 切り揃えの悪い髪は、今日は木漏れ日に薄い金色に光っている。纏った白のローブとシャツが汚れるのも構わずに、沢近くの岩に腰掛けながら、見覚えのある……否、ずっと顔を合わせてきた男が、大きな図面を広げて、鋭い朱の瞳を細めていた。
 ――な、何でこんなところに……。
 軍人出のせいか、あの男はやたらと勘がいい。今は顔を合わせられない。ルナは固唾を呑んで、ジェイドの頭を撫でると、そろそろとスイバを連れて沢を離れようとした。
 けれど、一度振り返ってそれに気づく。気づいてしまう。
 ――……!
 ばさり、と傾けられた図面にも、また見覚えがあった。あれは、ルナが描いたイドラの地図を写した図面だ。
 星の落下地点。結界のポイント。風、水、火の通り道。全部、記した図面。それに彼は赤いペンでさらに何かを描き込んでいる。
「……」
 ――まさか。
 ぴー、とバツ印が引かれた。誤りなのか、新たな印なのか。ばさりっ、と地図を脇に置くと、彼は懐から取り出した煙草を吸い始めた。

『お前、それきちんと現地で確認したのか? 五行は現地でかなり流れが違ってくるぞ?』
『誰かさんの世話が忙しくって、なかなか行けないのよ』
『俺よか世話がかかるのはアルだろーが。人のせいにするな』
『言ったね、こいたね、抜かしたねー!? 帰ってくるなり人に命令してばっかの人間に、ンなことを言う資格は断じてないっ!』

 ――……。

 陽光に、眩しそうに細めた瞳が、この上なく赤く、綺麗に見えた。

 愕然としながら、ひとかけらの理性を動かして、ルナはスイバの手綱を引いた。おろおろとするジェイドを置いて、ルナは林を出る。そのままスイバに跨って、脇腹を蹴った。


「あ、お帰りなさい。ルナさん」
「……」
 スイバを連れて戻ってきたルナを、ティオは肩や指に鳥をとまらせながらにこにこと出迎えた。焚き火で沸かしたお湯で淹れたお茶の、いい香りが漂っている。
 彼の肩にとまっていた鮮やかな赤い鳥が、悪戯っ子のような瞳でくるくると首を動かした。
「あはは、暇だから笛を吹いてたら集まって来ちゃって。ほら、こいつの鳴き声、綺麗でしょう? トゥイービーって言うんです」
 肩に乗っていた赤い鳥が、とん、とティオの手のひらに乗って、"ロロロ"と美しい声で鳴いた。鮮やかな赤い翼が、ふわりとあの男の瞳のように日の光に輝く。
「色も綺麗でしょう? ルナさんのローブと同じ色ですよ」
「……」
 "ロロロ"、とまた鳥が鳴く。鮮やかな赤い色。情熱の言葉を持つ色。ルナは自身が纏ったローブの胸元を抑えた。
「……違う」
「え?」
「……私はただ国に反発して、合わない色を纏っていただけ。そんな自然な、綺麗な赤い色じゃない……」
「ルナさん?」
 ぺたん、と彼女はその場へ膝をついた。スイバが心配そうに、その顔を覗き込む。
 俯いた彼女の顔の下にある、膝にかかっていたローブの裾が、ぱたりと一点だけ濡れる。ティオが驚いて立ち上がった。鳴き声と羽の音を響かせて、彼の身体から、集まっていた鳥たちが飛び去っていった。
 その刹那、

 だんっ!!

 ルナはすぐ背後にあった木の幹に、両の拳を打ちつけた。重く、激しい音がして、ティオの肩がびくりと小さく上下する。
「ルナさん!」
 ティオが慌てて回り込んで、幹に叩き付けた白い手を見る。剥けていた木の皮が、やわらかい皮膚に刺さって、血が滲んでいる。爪を立てた手のひらは白くなっていた。
「駄目ですよっ。木の皮は刺さりやすいんですから! 後々、傷になったら……」
「……どうして」
「え?」
 叩き付けた手がふるふると震えている。きりきりと歯を食いしばり、ルナは必死で込み上がってくる熱いものに耐えていた。
 わからない。何なんだろう。この忌々しい熱さは。
「何で……! どうしてっ!? ……何でいちいち出てくるのよ! 何でいちいちあんな男、思い出さなきゃいけないのっ!?」
「……」
「何で……、何で、離れないの……。何で……」
 痛むはずの手も構わずに、ルナはそのままその場にへたり込んだ。唇を噛んだその表情を見て、ティオは無言で立ち上がる。湯気の立つマグカップを手に取って、その場を動けない彼女の前に差し出した。
「どうぞ。生のセージをお茶にしました。落ち着きますよ」
「……」
 ルナは力の篭った手でカップを受け取った。1口、2口、口にして、その手と肩からようやく力が抜けていく。はらり、と肩から栗色の髪が零れ落ちる。ティオは眩しそうにその髪を見た。
「……ごめん」
「……何ともありませんよ。僕は」
 ティオはふるふると首を振る。だがまだ17歳の少年の目には、ぐっと力が篭っていた。
「あの男って、旦那さんのことですよね?」
「……」
「……本当に、好きなんですね。旦那さんのこと」
「……それは、」
「そうですよ。……僕といても、薬を探してても、作ってても、思い出すんでしょう?」
 鋭い皮が刺さったままの手のひらに力が入る。じくり、と痛みが走った。けれど、胸の辺りはもっと痛かった。
 ……2年間だ。あの男と会って2年間。ルナが生きてきた年月の6分の1にも満たない。
 なのに、……もう誤魔化せないじゃないか。これだけ、これだけの証を突きつけられて、もうどう自分の心を誤魔化していいのかわからない。セージの香り一つにも、あの家とラボの心地よい感覚がつき纏う。あの男が土足で踏み込んで荒らした土地は、いつのまにか肥沃になっていた。
 ……帰りたい。あのほのかなアイゼンの煙草の匂いが懐かしい。少し冷たい体温が、心臓が、今も確かに動いているのか、急な不安が駆け巡った。
「……ルナさん」
 ティオ押し殺した声で名前を呼ぶ。その手が弾んで、トゥイービーが蒼穹へ吸い込まれていく。
「トゥイービーは確かに赤いですけれど……でも、毎年きちんと換羽するんです。羽を落として、違う羽に変えるんですよ。
 ……ちょっと、自分の赤に疲れちゃったんじゃないですか?
 ルナさんも、別の色をまとってまた赤を見たら、綺麗に見えますよ。大丈夫、あなたならきっと、何色の服を着ても似合うから」
「……随分な口説き文句ね」
 初めてルナの口元に、弱々しい笑みが浮かぶ。トゥイービーが描いていった軌跡を目にとめながら。
「……昔、鳥が自由だって言った奴がいた。……私は反発したわ。奴らだって好きで空を飛んでるわけじゃないかもしれない、って。
 ……でもあいつらは、自分の飛ぶ空も、巣を作る場所も、自由に自分で選んでるのね……」
 彼女はしbらくだけ目を閉じた。逡巡を終えてから、手の中のカップのお茶を飲み干して、そっとティオの手に乗せた。「……ありがとう。……私、酷い女ね。結局、あんたを利用しただけだったわ」
「……いえ、いいんです。ここにいない人に完敗しました。ここまで来れて、ほんの一瞬でも僕に頼ってくれただけで満足です。
 きっとリー様が、僕が諦められるよう、取り計らってくださったんです」
「おばあちゃんもメドゥーラも、ほんと、食えないわね」
 苦笑いでこめかみを掻く。焚き火の側に、昼食のデザートとしてティオが用意していたヤブコウジの綺麗な赤い実があった。
「ティオ」
「はい……っ!」
 そっぽを向いて、涙を堪えていたティオは振り返ってから硬直した。唇に柔らかい感触が触れたと思えば、口の中に甘いヤブコウジの実の香りと味が広がる。
 一瞬だけで唇を離したルナは、髪を掻き揚げて、ふ、と笑った。ティオのまだ幼さの残る顔が真っ赤になる。
「あんたはまだ若いんだから。ちゃんと勉強して、いい嫁さん探しなさい。
大丈夫。あんたはいい男になるよ。うちの旦那の数倍はね」
「っ、はい……っ!」
 袖で目元を拭って、ティオは深々と頭を下げてきた。ルナはようやく元の笑みを浮かべながら、軽く炙ったパンにかぶりつく。
 どこかでトゥイービーが鳴いていた。
 ……よし、もう大丈夫。最後の勝負に出よう。


PR
*COMMENT-コメント-
▽愛だわ……
カシスったら、こっそりルナの仕事を手伝って……あの出不精な男が。ほろり。
ティオ、良かったね。きっぱり振られたから、次の恋に行ける。きっと、いい男になるよ。

ところで、2人は青谷行ったことにします?
青谷はジンの家やメドゥーラの祠に近いところを想定していたんだけど。祠からルパで3時間くらいのところ。
そうすると、ルナちんが家出するには近すぎるかなって思って。
リーさんのホームグラウンド、南の方にも薬草の谷を作りましょうよ。ルナちんにとっても初めて行くところ……そうだなあ……”三つ滝の谷”ってどう? 滝ができるのは断層の走るところ。温泉もあって鉱物資源も豊富。滝の飛沫で涼しいし、湿気が供給されて、いろんな植物が生息する、なんてどう? あ、風穴もあることにしようかな。
▽つまるところ…
カシスもカシスでイドラに星が落ちると困るわけです。ルナちんにも好印象で一石二鳥なんでしょうかね。
ティオくん、頑張ってね。

青谷って、イドラの緑豊かな谷の総称だと思ってました; 違うんですね、すいません;
いいですね! 作っちゃいましょう。後々もいろいろ役に立ちそう。風と水の通りが他の場所とちょっと違って、天然の温室になっている…みたいなイメージで書いてみました。
ネット復旧したら直してみますー。
▽固有名詞なんですよ
この世界のイドラには泉が七つ。それぞれに祠があって泉守りがいる。
グリーンランドくらいの大きさのイドラ島。メーちゃんの祠は北の方。リーちゃんは南の方。
そんな感じでイメージしていました。あちこち、いい場所を作っちゃおう。
*COMMENT FORM-コメント投稿-
  • この記事へのコメント投稿フォームです。
Name:
Title:
Mail:
Url:
Color:
Decoration: Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
Message:
Pass: ※編集時に必要です。
Secret:  ※チェックすると管理者へのみの表示となります。 
*TRACKBACK-トラックバック-
  • この記事のURLとトラックバックURLです。
  • 必要に応じてご使用くださいませ。
この記事のURL▼
この記事のトラックバックURL▼
目次(ヴァル)
「姫おり」過去編
織姫のお仕事
     4.0
   4.1 4.2

カルミノ編 1日目 『桜降る夜の森に』 2日目  『雷鳴の封印』  『拾い子』  『森の中の星空』 3日目  『再生の呪文』  『春日なる』 4日目 祝宴 お茶会  『おすそわけ』  
イドラ編 あかねるーver.  『茜さす』  『玉章の』  『ぬばたまの』  『真菰刈る』  『吾ぎ妹子の』  『シュアラの休日』  『天雲の』
いずみるーver. 『夢一夜』   『はじめの一歩』 外々? 『グレイの冬空』 『リィンの探検記』 『舞初め』 『忍ぶれど』 『色出でにけり』 『未遂』 『Fly me to the twine moon(その1)』 『ラプソディー(その1)』
すおみろい  『Baby Morning, Baby Night』  『Be Ambitious, Boys!』  『標野行き』 『Calling』   (上) (下) (おまけ) 『玉響詞(タマユラノウタ)』   『Honey suger hummingbird』 『すみれ色の指輪』 ぱーるる 『しろたえの』 『Agnus Dei』 『Sanctus』 『Kyrie eleison』 『夜の瞳』 『狼の宅急便』
3つ子&小町ズ&あるびー 『山笑う』 『魂100まで』  『明日に架ける橋』 『疳の虫 虫の知らせ』 『鈴猫』 『鬼灯(カガチ)』
あかねれー 『リカバリー70%』 ありしん
シュアラ編
エイロネイア編 らーじー 『風を悼み』 『禊の苑で』 『重なる月に寄せて(その1)』
目次(香月)
「姫おり」過去編
嘆キノ森シリーズ
『嘆キノ森』
 正面左右背後
 出口1
『嘆キノ森-PSI-missing-』
     

カルミノ編 前夜祭 『Happily Ever After』01 1日目 『Happily Ever After』02 『Happily Ever After』03 『Happily Ever After』04 『Happily Ever After』05 2日目 『Happily Ever After』06 『Happily Ever After』07 3日目 4日目 祝宴 お茶会  『romanesque』
イドラ編 あかねるーver.  『flying』  『アイルキスユー』  『輪舞-revolution-』

かしるな 『奈落の花』  EPISODE1  EPISODE2  EPISODE3  EPISODE FIN 『Trikstar』 『モノクロのキス』 Side:L 『GLORIA』    EPISODE Final 『TRANSMIGRATION』
あかねれー 『Never more』  Ⅰ.undelete 『I'll be there』   final 『FRIENDS』     『mezzo forte』     『赤い涙』     『too late? …』  Side:R   Side:A  Final!
ありしん 『瑠璃の鳥』    
シュアラ編 『Front breaking』 『Dell'oscurità per brillare』 『End symptom』 【露癒の祀】 拾壱>拾弐
エイロネイア編  『daily workⅠ』 『覚醒ヒロイズム』 EPISODE1 EPISODE2
最新コメント
[09/12 梧香月]
[05/16 Backlinks]
[12/16 ヴァル]
[12/15 梧香月]
[11/25 ヴァル]
[11/21 小春]
[09/28 ヴァル]
カレンダー
06 2017/07 08
S M T W T F S
2 3 4 5 6 7 8
9 11 12 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
ギャラリー



漫画



季節のアルバム




漫画
カウンター